[ESSAY] 善尽くし、美尽くす。そして、口笛を吹く。
かれこれ20年近く前ですが、「千代鶴酒造」の黒田一義さんから新しい日本酒のデザインを依頼されました。
今はそういう仕事にも慣れてますが、その頃はほとんどやったことがなく、非常に意気込んで取り組みました。
ただ、出来上がったお酒はとても美味しかったけれど、ぼくの力量不足からいまひとつ満足のいく着地ができなくて、やや苦みのある結果になってしまったのは残念でなりません。
さておき、日本酒の仕込みというものを見たことがなかったぼくは、仕事に取り掛かる前に富山の千代鶴へ出向いて、新酒の仕込み作業を見学させてもらうことにしました。
見学と言っても、黒田さん自身も仕込みのメンバーとして働かねばならず、よくある工場見学のように、広報の方がつきっきりで解説してくれるわけではありませんでした。
働いている人たち同士も、次に何をやる、次はこれ……といった段取りをいちいち相談しないので、ぼくはただポカンとして成り行きを見守っていました。時おり声が聞こえたとしても、四国育ちのぼくには方言がまったく理解不能でした(特に杜氏さんは能登半島の先端部の出身で、とりわけよくわからなかった)。
まあ、映像で押さえておけば、あとで黒田さんにゆっくり解説してもらえるだろう───そう考えたぼくは、職人さんたちの動きを予測しつつ、ベストだと思える角度を探しながら、即興的にビデオカメラを回し続けました。
結局、この映像は資料として活用されることもなく、20年近く自宅倉庫の片隅で眠っていて、そのあいだにテープを再生できる機材は自宅から一切無くなってしまいました。
杜氏さんたちの暮らす能登半島や、千代鶴が蔵を構える富山県内が、今年大きな地震に見舞われ、甚大な被害がもたらされたのはごぞんじのとおり。そして、物置の奥からつい最近見つけたテープを、たまたま知人から借りていたビデオデッキで見返していたら、イチから編集して、多くの方に見てもらえる映像にしなきゃダメだ、という使命感のようなものが湧いてきたのです。
小さな家庭用のビデオカメラで、照明も焚かず、カメラ内蔵のマイクだけで音声も収録しているため、今となってはお粗末としか言いよう映像のクオリティです。でも、最近のカメラで撮れる超高画質の映像よりも、はるかに臨場感があり、心掻き立てられる気がするのはぼくだけでしょうか。
先日、ぼくが暮らしている四国でも大きな地震の予兆がありました。いつなんどき、どこで暮らしていたって、当たり前のように存在している日常があっけなく壊れてしまう───そんな思いはぼくの心の中で日々、風船のように膨らんでいます。
ビデオをあらためて編集していて最も強く印象に残ったのは、作業中に口笛を吹き、鼻歌をうたっている杜氏さんたちの姿でした。自然の恵みを相手にしている以上、どれだけたくさん経験を積んでいても、予想を超えたトラブルは付きものでしょう。ただ、結果はどうあれ、ひとつひとつの工程で最善を尽くし、目の前の仕事に肩の力を抜き、リラックスして向き合うこと───それが何より大事なのだと教えてくれるような気がしました。
ぼくがこのお酒につけたのは「ZEN」という横文字の名前でした。ZENには禅、全、然、千……と、さまざまな漢字を当てることができます。しかし、今、あらためてしっくりくる漢字は「善」です。「善」という文字にはよい/正しい/めでたいだけではなく「神様にささげるよいもの」という意味があるそうです。いつかどこかで知った「善尽くし、美尽くす」という言葉を思い出さずにはいられません。
そして、ぼくにとっての新しい「ZEN」を探しに、近いうちにまた富山へ足を運ぼうと考えています。
CINEMATOGRAPHY AND EDITED BY AKIRA MIZUMOTO
SHOOTED : 2006.11.27
EDITED & MIXED : 2024.08.27
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