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映画『アイアンクロー』のこと。


『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

A24発のプロレス映画アイアンクローを見てきました。

プロレスファンなら誰もが知るフリッツ・フォン・エリック一家。彼らが見舞われた度重なる不幸と、昔なつかしいアメリカン・プロレスの世界を描いた物語です。

どこから連れてきたの?と思わず唸ってしまうくらいそっくりだったハリー・レイスほか、実在する(した)レスラーや団体が実名でばんばん出てきたり、70年代後半のテキサス周辺の雰囲気がドキュメンタリーのように生々しく、描かれているのは悲劇なんだけど、良質のエンターテイメントとして非常に楽しめる作品でした。

以下、もっと詳しい感想を書きます。ネタバレもあるので気をつけて。

Both Sides Now 〜青春の光と影〜

『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

プロレスラーの肉体から放たれる強烈な生命力が光なら、彼らにたびたび襲いかかる不幸な死は、その影として宿命的につきまとってきました。

本当はアメリカ人なのにロシア人を名乗ったり、まったくの他人同士が兄弟としてタッグを組んだりする《ギミック》がまかりとおるのがプロレスの世界です。

そんな中、フォン・エリック兄弟たちの不幸(長男ジャック・ジュニアは5歳の時に感電死、三男デイヴィッドは試合のために来日中に病死、四男、五男、六男がそろって自殺)は、当時から特別な重みを持って伝えられていて、彼らの底抜けに明るいキャラクターとあきらかに反比例していました。それは幼いプロレスファンだったぼくの心に深い棘のようなものを刺し、鈍い痛みを残したまま、これまでずっと抜けずにいた気がします。

フォン・エリック兄弟たちの敵役として『アイアンクロー』に登場した、ブルーザー・ブロディ、ジノ・ヘルナンデス、テリー・ゴディといったレスラーもペインキラー(痛み止め)、ステロイド、興奮剤、過度な飲酒のせいで皆、夭逝しました。この映画で役者たちにプロレスをコーチ(振付師を意味するコレオグラファーというクレジットなのは驚きました)し、自らもザ・シーク役で出演していたチャボ・ゲレロ・ジュニアも、叔父のエディや親友のオーエン・ハートの壮絶な死を最も身近で見てきたレスラーです。

Lost & Found

『アイアンクロー』© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

もはや扱ってないジャンルは無いんじゃないかと思うくらい多岐に渡る作品を世に送り出しているA24ですが、ここの映画に通底するテーマは《喪失と再生》ということで首尾一貫しています。それはプロレスだけでなく、ギリシャやローマの闘技場であまたの戦士たちが体現してきた物語と完全に同一のものです。

長年《呪われた一家》と揶揄されてきたフォン・エリック・ファミリー。その生き残りであるケビンは、父フリッツが頑なに守り、また呪縛の元凶となったプロレスという家業を畳み、妻や子どもたちと牧場で穏やかに生きることを選びます。やがて彼は4人の子宝に恵まれ、13人の孫が誕生しました。そして、子供のうち二人はプロレスラーになり、今も現役で戦っているのです(四男ケリーの娘もすでに引退しましたがプロレスラーでした)。

エンドロール前に実在の人物のその後を、写真や映像でスライドショー的に紹介する演出は普段あまり好まないけど、今回ばかりは自分に刺さっていた心の棘を抜いてくれたように、すっきりとした気分で劇場をあとにできました。

常に華々しく勝利することが求められるベビーフェイスより、痛快に負ける悪役が評価されるのもプロレスというエンターテインメントの醍醐味です。また《負けるが勝ち》はプロレス界の重要な哲学でもあります。ケビンはスリーカウントを甘んじて受け入れることで、人生というプロレスで勝負をもぎ取ったといえます。

呪いの真相

映画で描かれた時代にフリッツ・フォン・エリックの運営していた団体WCCWに参戦していたグレート・カブキさんのインタビューを読むと、史実として語られている雰囲気とは少し違う事実を知ることができます。

――また、映画では厳格な父フリッツの意見はファミリーにとって絶対であるようなことも描かれていました。

カブキ 実際そうだったよ。あの兄弟はみんな、親父の前に行ったら直立不動。「イエッサー!」って感じで、フリッツの言うことは絶対だったから。

――フリッツが自分の家からNWA世界ヘビー級チャンピオンを出すことに取り憑かれて、そのプレッシャーで息子たちが自滅していったようなところはあったと思いますか?

カブキ そういう感じはなかったね。みんなのびのびやってた。親父のフリッツはプロレスで財を成しただけじゃなく、ホテルや銀行も経営していた地元の名士なんだよ。そういう家の子供だから、息子たちはちょっとおちゃらけてたところもあった。要はボンボンなんだよ(笑)。金は使い放題だし、若いから無鉄砲で、ドラッグに手を出したりね。

――なるほど。地元の名士の息子で、自分たちも若くしてスターになり、私生活の乱れもあったんでしょうね。

カブキ 当時、ダラスにはブルーザー・ブロディもいたんだけど、ブロディは同じユダヤ系のフリッツを親みたいに慕っていたから、エリック兄弟の兄貴分みたいな感じで、よくあいつらを守ってたよ。デビッドやケリーは若くてトンパチだから、羽目を外す。そうすると、他のレスラーと揉めるじゃない。そんなときはブロディが出ていって収めるわけ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/fc8acae632e5468c420bce9d434fd5747406cea6?page=2

劇中では厳格な父親に翻弄される息子たち、という描かれ方でしたが、カブキさんがインタビューで語っているように「呪われているわけじゃないけど、あまりに自由奔放にやらせすぎたんじゃないかな。親父は親父で会社を大きくしようと一生懸命やっていたし、銀行や他のビジネスもやっていたから、子供にまで目が届かなかった部分もあったんじゃないかと思う。日本でも有名人の息子が捕まっちゃったりすることがあるけど、それと同じじゃないかな」というあたりが真相に近いのかな、と思います。

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