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THINK TWICE 20200920-0926


9月20日(日) GIANT STEPS

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日本以外の国ではまったくCDが売れなくなっている───って話はよく聞くと思います。

2019年度の日本のCD売上は約3,000億円で、アメリカは約670億円。下の記事によれば、アメリカの2020年上半期のCD売上が約138億円ということですから、単純に2倍にしても276億円。下がる一方で目も当てられない酷さです。

しかもCDを上回ったというアナログ盤も、1番売れてるのがビートルズの『アビーロード』、次がピンク・フロイド『狂気』の復刻盤ですからね。

それでもいわゆるジャズの名盤なんかは、特典がてんこもりの豪華なCDボックスとか、ボーナストラックが入りまくった2枚組、3枚組といった仕様で復刻され、なんだかんだ話題になります。

つい最近、出たのがコルトレーンの『ジャイアント・ステップス』の60周年記念盤。日本では5月に先行発売されていましたが、海外リリースに合わせて、ダウンロードとストリーミングも解禁されました。

びっくりしたのはその内容。日本盤、海外盤ともにCDは2枚組(全15曲)なのですが、デジタルリリース版はさらに20曲も追加された35曲入り(笑)。

配信版だと表題曲の「ジャイアント・ステップス」だけで、なんと11トラックも収録されています。完奏しているのは半数くらいで、あとは出だしを失敗したり、途中で演奏を中断したヴァージョンです。

スタジオで録っているとはいえ、ジャズの場合はライヴと同じようなものなので、テーマ(=主旋律)は共通でも、BPM、各楽器のフレージングやアドリヴ───テイクのたびにもちろんすべて違う演奏になります。テイク違いが11ヴァージョンも入っていると、曲が完成するまでの変遷を楽しむのが正解。アルバムに収録された完成版がどれほど素晴らしいプレイだったかということがよくわかるんじゃないかな。

記録によれば、録音日の1959年5月9日には「ジャイアント・ステップス」だけでなく、2曲目「カズン・マリー」、5曲目「シーダズ・ソング・フルート」、7曲目「Mr. P.C.」がレコーディングされたことになっているので、コルトレーンたちがどれほどの集中力とイマジネーションを駆使して、この名演奏を完成させたかと思うと恐ろしいです

「ジャイアント・ステップス」といえば、Michal Levyというイスラエル人のビジュアルアーティストが美術学校の卒業制作として2001年に作られた、このCG作品が大好き。

彼女自身もサックスを吹くそう。本編はもちろん、構想段階で描いたスケッチや絵コンテに萌える〜。

コルトレーンの演奏を「まるで太陽を直視したような音」と表現したのはカマシ・ワシントンですが、まさに言い得て妙。しばらくはぼくも〈日光浴〉に明け暮れそうだな。


9月21日(月) SHORT WAVE

ノーナ・リーヴスやオリジナル・ラブのキーボードを担当しているMr. Y.T.こと冨田譲さんがTwitterにこんな投稿をしていて、思わず反応してしまいました。

タイプはちょっと違うのですが、ぼくも中高校生のとき、父親に譲ってもらった短波ラジオ、ナショナルのクーガー115を愛用していました。

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表面パネルはアルミ製で、真ん中の大きな丸いスピーカーが特徴。上部についている回転式のT字型ジャイロアンテナでFM、AM(表記はMW)を、伸縮式のロッドアンテナで短波が3バンドの、計5バンドを受信できます。*1

*1 実機はもう手元になく、写真はネットの拾い物。

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短波と言っても、もはやピンとこない人のほうが多いかもしれないですね。

地球のまわりにある電離層という"膜"と、地面のあいだを反射しながら遠くまで進んでいく、短波帯の電波を利用したラジオ放送のことで、状況によっては、地球の裏側のブラジルの放送なんかも日本にいながら聴けてしまうのです。

1970年代から80年代にかけて、世界中でこうしたラジオブーム、いわゆるBCL(Broadcasting Listening)ブームが巻き起こり、クーガーのような短波を受信できる、高性能のラジオが爆発的に売れました。

うちの父はちょうどその頃、大型のステレオコンポを購入したので、クーガーは専有してもよいことになりました。

よく聞いていたのは北京放送(中国)、モスクワ放送(ソ連)、朝鮮の声(北朝鮮)───社会主義国ばっかりですね(笑)。これらの国は政治的プロパガンダや暗号放送のため、西側とは比較にならないくらい強力な出力の放送システムを使っていたせいだと思います。

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他にサイパンのラジオ局、スーパーロックKYOI(1982年開局、1989年停波)もよく聴いていました。番組はロスアンゼルスで制作されていたのですが、それを日本に近いサイパンのアンテナから放送していたのです。

開局当時はソニーやセイコーといった日本企業がスポンサーで、CM以外は一日中ほとんど洋楽が流れっぱなしというスタイルだったのが、とても新鮮でした。

インターネット放送に置き換えられたり、社会体制が変わって放送局が廃止されたりしてしまったところも多いのですが、今でも短波放送はけっこうな数の国で続けられています。

もちろん日本もそのひとつ。それが「ラジオたんぱ」です。

現在はラジオNIKKEIと局名を変更し、ラジコでも聴取可能です。終日ほとんどの番組が株式市況や競馬中継で、今も昔もあまり身近とはいえないラジオ局なんですが、ぼくが中学生時代に放送されていた伝説の深夜番組『セクシー・オールナイト』のことだけは忘れられません。

放送時間は土曜日の深夜1時から2時。スポンサーはにっかつロマンポルノ、新東宝、宇宙企画……これで内容はおよそ想像がつきますよね。ラブホテルの隠し撮り(本物では無いと思いますが)や、官能小説の朗読、卑猥なコントなどを散りばめた、ほんとうにありがたい番組でした(笑)。

そのものをお聞きになりたい方はこちらでどうぞ(要ヘッドホン)。

ハープ・アルパートの「ビタースウィート・サンバ」で始まるオールナイトニッポンに対して、セクシー・オールナイトのオープニングテーマは、セルジュ・ゲンズブールが映画『マダム・クロード』のために作った曲「Mi Corasong(異郷での快楽におぼれて)」でした。

もちろん当時、中学生だったぼくはそんな事を知る由もありません。それから10年以上経ったある日、勤務していた高円寺の中古レコード屋でのことですが、入荷した『マダム・クロード』を盤質チェックのために聴いていたら、聞き覚えのあるバンドネオンのメロディが流れ出したので、文枝師匠のごとくひとりで椅子から転げ落ちました。

国内盤のサントラCDも復刻され、Amazonなどで購入可能ですが、コメント欄には「セクシー・オールナイト」のことばかり。肝心の映画のことは誰も触れていません。

ウィキペディアによると、エンディングテーマはソニー・クラークの「Deep Night」だったらしいのですが、こちらはまったく記憶がないんですよね。

貴重な〈エロ〉に惹かれて聴いてはいたものの、やはりそこは中学生。睡魔には克てず最後まで聴き通せてなかったんでしょう(笑)。


9月22日(火) FLEET FOXES "SHORE"

現地時間の22日13時31分にフリート・フォクシーズが3年ぶりのアルバム『SHORE』をリリースしました。

この作品はフロントマンのロビン・ペックノールドのソロプロジェクトとして完成されたものであることは、メンバーのスカイラー・シェルセットが今年8月にロッキング・オンのインタビューで公言していました。

スカイラーはソロ作品『Back In Heaven』をリリースしたばかり。すごくよかったのでTHINK TWICE RADIOで紹介しようと思っていたところ。

ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが神経症の悪化とドラッグの影響でツアーに出られなくなり、他のメンバーが世界を回っている間に、レッキング・クルーの力を借りてアルバム『ペット・サウンズ』を完成させたのは有名な話ですが、コロナ禍においてバンドという表現形態のあり方、音楽制作の方法、はたまたコルトレーンの記事にも書いた音楽ソフトの売れなさは、このフリート・フォクシーズにかぎらず大きな影響をまちがいなく与えてるでしょうね。

ピッチフォークの記事によると、スカイを含めたバンドメンバーと作った9曲入りのアルバムも今後リリースされるみたい。

なにはともあれアルバムはこれからじっくりと聞きます。

9月23日(水) BEHIND THE MASK

フリート・フォクシーズはぜひとも一度はライヴが見てみたいと思っているバンドのひとつです。

2018年の来日公演ではYMOの「ビハインド・ザ・マスク」をカヴァーで披露したんだよね。生で見た方、ほんとうらやましい。

「ビハインド・ザ・マスク」はYMOの曲の中でも特に欧米で人気が高く、マイケルやクラプトンもカヴァーしています。

(アメリカのライブで)客に言われたのが「BEHIND THE MASK」はロックンロールだと。それがすごく新鮮でね。ロックだ、ロックじゃないという捉え方が、アメリカ人の中にはあるんだと。アングロサクソンの耳に飛び込んでくるコード進行というのがあって。自分たちの血が震える、波立つようにロックに聞こえてしまうものがあるというのを、あそこで垣間見たっていうね。(坂本龍一)

幸宏と僕は、最初「BEHIND THE MASK」を聴いたとき、非常に当たり前の曲に聴こえたんですよ。なんてことはない曲と、うかつにそう思ったんですね。だから僕、プロデューサーとしては失格なんですけどね(笑)。それほどの名曲とは知らずにね。(細野晴臣)

そういえば、むかし教授がEテレでやってた『Schola』という音楽番組で「ビハインド・ザ・マスク」のことも解説してました。

タメの効いたスロウなテンポ、ギターっぽいリフと休符感、R&B的なBメロ部分のベースライン、そして、ブルーノート。一瞬の閃きで作ったメロディの、どこがどうロックン・ロールなのか教授でさえ20年間も分析しないとわからなかった、っておもしろいですよね。

ロックン・ロールやソウルからのインフルエンスを、まったく違うイディオムで表現した楽曲が、欧米のミュージシャンに何十年もかけて還流して、ロックン・ロールとして再現される───アートってほんとにウィルス的

クロサワやオヅやキタノの、テヅカやミヤザキやオオトモの、ホソノやサカモトやタツローの、ミシマやアベやムラカミの影響を公言する外国人たちが、日本人の作品のどこに反応しているかと言えば、和洋折衷の〈和〉の部分ではなく、結局のところ〈洋〉の部分なんだ、と思いますね。

教授が『Schola』で話していた"CM"というのは、セイコーの時計のCMのことです。「ビハインド〜」は1978年に出来上がった曲なので、スーパーロックKYOIでは残念ながら流れなかったでしょう(笑)。

MJ〜ECのカヴァーにまつわる補足もしておくと、『スリラー』をプロデューサー中のクインシー・ジョーンズが「ビハインド〜」を気に入り、マイケルに詞を書かせてカヴァーしようとしたのですが、出来上がったトラックを確認したい───と教授が意向を伝えたところ、マイケル側が拒否。結局、収録が見送られました。このゴタゴタがなければ、教授は今ごろ前澤社長のように100万円をフォロワーに配ってたかもしれません(笑)。

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『スリラー』のほぼ全曲でキーボードを担当していたグレッグ・フィリンゲインズが、セカンドアルバム『パルス』(1984年)の中に、塩漬けになっていたマイケルの歌詞を復活させた「ビハインド〜」を収録しています。

その後、グレッグがエリック・クラプトンのバックバンドに参加したのがきっかけで、クラプトンも1986年のアルバム『オーガスト』に新たなカヴァーを収録しました。もちろんボーカルはクラプトンです。

モントルー・ジャズ・フェスティバル '86に出演した際の「ビハインド〜」をYouTubeで発見。グレッグに歌は譲って、エリックはギターとコーラスのみ担当。この日のお客さんは不満だったでしょうね。ぼくならまちがいなく「カネカエセ!」って叫んでたと思う(笑)。


9月24日(木) BEHIND THE PANTS

早朝3時からのフワちゃんのオールナイトニッポン、びっくりした

トムとジェリーやバックス・バニーみたいなアメリカのアニメーションを夢中になって見ていた子供のときの事を思い出しましたよ。

そんなこんなで、今日もまともにフリート・フォクシーズ聴けず!


9月25日(金) 岸辺のアルバム

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やっとゆっくり聴けました、フリート・フォクシーズ。

打ち込みっぽいドラムの音色のせいか、デモテープっぽい雰囲気は否めなかったのですが、いつもながら良い曲がたくさん詰まってます。

ぼくの思うフォクシーズの最大の魅力は寂寥感です。これまで聴いてきたどの作品にも、澄み切った青空みたいな歌はただの一曲も入っていない。かと言って、救いようのない土砂降りの雨みたいな歌もありません。曇った空の隙間から、時折、白っぽい太陽が顔をのぞかせたかと思うと、いつのまにかポツポツと雨粒が落ちてきて───という、今日の松山の空模様のようなサウンドなんですね。いわゆるシングル向きのサーヴィス曲なんて逆立ちしても作らないけれど、それでもアルバムを通して聴くと、なんとなく前向きで明るい気持ちになれる。

ここ2、3日寝かせているあいだに、ロビン・ペックノールドが『Shore』完成までの経緯、自分にインスピレーションを与えたモノやコトやヒトについて、そして今後の展望に至るまで、詳細に説明したステイトメントをPDFで発表しました。けっこう長い文章だったので、読むのは大変でしたが、興味深いことがたくさん書かれていました。

特に印象深かったのは、そもそもフリート・フォクシーズのアルバムは、これまでの作品も含めて、バンドメイトの力をいっさい借りず、自分ひとりのヴィジョンで完成させることもよくあったから、この『Shore』の録音工程だけが特別ではなかった───というロビンの告白。

あくまでメンバーはライブを行うときのコラボレーターと彼は長年見做していたけれど、次のライヴがいつになるのか見通せない中、初めてバンドとして音源を作り、それを発表する計画である、と語っています。それが23日に書いた「9曲入りの続編」ということなのですね。

そしてアルバムのコンセプトとして、こういうことも書いています。

"I wanted to make an album that celebrated life in the face of death, honoring our lost musical heroes heroes explicitly in the lyrics and carrying them with me musically"

ぼくなりに訳せば〈死というものに向き合いながら、人生を祝福するようなアルバムを作りたかった、そして、亡くなっていった音楽界のヒーローたちを讃え、詩や音楽をとおしてぼくと共に彼らを運んでいきたかった〉ということでしょうか。そしてその運び先こそが、あちらとこちらの世界を分ける場所───それがつまり彼岸〈Shore(彼岸)〉

ロビンが籠もっていたロサンゼルスの「エレクトロ・ボックス・スタジオ」には、オーナーのウッディ・ジャクソンが所有する貴重な楽器───フランク・シナトラがツアーで使用したドラムキット、ブライアン・ウィルソンが『ペット・サウンズ』のレコーディングで使ったビブラフォン、フェラ・クティの弾いたオルガンなどが山とあり、彼はそれらを駆使して、音楽を作り上げていきました。

先ほどのライナーの中に、ロビンが曲を作りながら聴き返していたアーティストとして、次のような人々の名前を列記しています。

Arthur Russell, Curtis Mayfield, Nina Simone, Michael Nau, Van Morrison, Sam Cooke, The Roches, João Gilberto, Piero Piccioni, Tim Bernardes, Tim Maia, Jai Paul, and Emahoy Tsegué-Maryam Guèbrou

彼岸の向こう側にすでに行っちゃった人もいれば、ぎりぎり手前で逗まっている人もいますね。

リストの一番最後に出てくるのは、エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルー。エチオピア出身の演奏家/作曲家/修道女です。

彼女はエチオピアの上流階級出身で、6歳の頃にスイスに渡ってバイオリンとピアノを学び、10歳で帰国します。しかし、エチオピアとイタリアとのあいだで起きた第二次エチオピア戦争に巻き込まれ、捕虜となってイタリアで囚われの身に。戦後、カイロでポーランド人のバイオリニストに再び学びますが、19歳で修道女となりました。

彼女が多大なる影響を受けたのがエリック・サティやドビュッシーなどのフランス近代音楽。そうした西洋音楽から受けたインスピレーションと、エチオピアの教会音楽とが融合し、まさに彼女の人生そのものが乗り移ったような、唯一無比の楽曲として再成形されていると思います。

彼女は3枚のアルバムをリリースしていて、そのいずれもがソロ・ピアノ作品ですが、フランスのレーベル"BUDA MUSIQUE"からコンピレーションCDで出てるほか、Spotifyなどでも聴けます。

聴いているといつのまにか岸まで運んでいかれるような───まさに岸辺のアルバムですね。エマホイさんは1923年生まれの現在97歳と超ご高齢ですがご存命だとか。

思えば、この1年という歳月のなかで、ぼくらは優れた音楽家だけでなく、さまざまな人たちの死を悼み、彼岸の向こう側へと見送ってきたように思います。また、ぼくら自身の日常さえ、彼岸の際で押し寄せる不安定な波にさらされ、たゆたっている。死を祝福し、同時に生きることを祝福する場所、そこが寂寥感のすべての源であり、岸辺なのです。

岸辺と言えば───岸部四郎さんも亡くなりましたね。


9月27日(土) 火と共に歩め

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来週こそはPodcastを更新するぞ〜と決意して、選曲をしています。

前回の更新が7月30日なので、まるまる2ヶ月分の新譜が溜まっているから、あっという間に尺をオーバーフロー。さあ、どうやって曲を絞ろう。(←韻踏み)

番組では紹介しそうにないけど、昨日リリースされたばかりのサーストン・ムーアの新作『By The Fire』がとってもいいです。

ソニック・ユースを解散した直後は、あえてアコースティック楽器をフィーチャーした作品を出してたけど、最近は開き直ったように"ソニック・ユースヤッちゃってる"感じがして、それはそれで好感持てるし、この『By The Fire』も完全にその路線です。

なら、もういっそのことソニック・ユースを名乗っちゃっていいんじゃない?(=フリート・フォクシーズ方式)と思ったりもするんですけどね。

ただし、ぼくが一番好き&オススメなのはベックがプロデュースした2011年のアルバム『Demolished Thoughts』です。

Spotifyにはなぜか無かったので、YouTubeのプレイリストをリンクしておきます。サーストンの全ソロ作はもちろん、ソニック・ユースのどのアルバムよりも聴き返していて、ジャケットも含めて100点満点。

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