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人生が大きくシフトした2023年振り返り

この1年は、これまでの人生で一番濃い一年でした。
濃いというか、質感が全く異なるものになった、シフトしたという一年。

人生の中で、「これまで」と「これから」の架け橋となった1年間で、次のフェーズに移った感覚があります。この2023年は自分にとって大きな転機になるので、価値観の変化について備忘メモとしてnoteにも残しておきたいと思います。

1.「成長」 ⇒ 「表現」


ビジネスパーソンとして、キャリアとして、コンサルタントとして、こういう何かの、誰かのストーリーの中での成功するために、いかに価値を高め続けられるか、いかに選ばれる存在になるか、自分が生存するためには努力が必要だという不安や恐れをエネルギーにして、「成長」というレースに支配されていた。(もっと○○に、もっと実績を、もっと成果を、もっと・・・)

だから立ち止まること、ペースを下げることが怖かった。気づけばスケジュールはいつもパンパンで隙間がない。ペースは上がり続けるのみ。

でも1年間は、多分人生で初めて思いっきりペースダウンし、「やろう」「やらなきゃ」がすぐ出てくるけど横において、ゆったりと余白を設けた今年。

あまりにも働く時間を減らしたので、「大丈夫かな」「このままでいいのかな」という不安がでてもそこに従わず、ただただまったりと余暇も大切にして。

そうすると自分の内側から湧き出てくる衝動や好奇心があって、心がうわっと付き動かされるものには素直に行動に移していたら、なんだかんだこの1年も活動的なものになった。(ただ活動の内容、質感は大きく様変わり)

毎月旅行に行って、色んな場や人と巡り会い、これまでにないアートにも触れたり。自分の世界の認識と感性が大きく拡張していった1年。

自分の感性を大切にする日々を過ごしていたら、「何かのストーリーに基づいて成長しなければならない」という殻は剥がれ落ちていき、

自然と、「あぁ、成長はただただ、自分の人生を表現することの豊かさなんだなぁ」と感じるようになり、

外側の何かのために「成長」するのではなく、
自分の内側に「成長」は包含され、そして「表現」するという質感に移り変わっていった

これは、組織開発や対人支援に携わるなかで、自分の実体験としてこの感覚をちゃんと味わえたことは大きな体験になった。

成長ではなく「表現」の時代へ。

そして、「誰もが唯一無二の人生というアートの表現者である」が今の自分の大切にしている想いとなった。

2.「分断」⇒「統合」


これまで、価値、効率化、合理化を重視してきて、そのためにはいかに分断し、都合の良いものの比率を高め、都合の悪いものは置いておくということを無自覚にしてきたこれまで。

人事に関わり、心理学、脳科学、内面に関する理論を探求・実践していく中で、自分の中の多様さを受容することが他者、世界の受容に繋がることを実感し、自分の内面探求をし続けて、固定観念、メンタルモデルやインナーチャイルドに気づいては受け入れてきたつもりではあったけど。。。

今年初めのプロセスワークの当事者葛藤を学び実践していくなかで、かなえさんやりかりかさんから「アッキーは、何でも受け入れる自分」は一次プロセスとして存在しているけど、

「他の人に対して嫌だという自分」はあってはならないとして、痛みや悲しみを抱え込んじゃっているんじゃないか、と言われてハッとして。

これまで、キャリアも不祥事、震災、事故、賠償、経営と「受け入れざるを得ない現実」だったからこそ、「受け入れる」「うけたもう」を大切にしていたけど、心のずっと奥底では、「嫌だ」「逃げたい」「誰かに変わってほしい」と思っていても、そんなことはあってはならないと、自分の中で押し殺してきたんだなぁと。

「そっか、嫌だって言っていいんだ。。。」と、自分の中でそう思えたことがすごく大きな変化。

この体験から、だれもが自分の中で都合の良い・悪いで分断して、複雑化していく、価値観が変わっていく社会のなかで、分断された側の自分の内側が叫びや嘆きが起きやすくなっている時代に移り変わっているのを何となく感じている。

分断ではなく統合へ

でも、統合ってそんなに簡単なものではない。だって分断された何かは、都合が悪いから分断したわけだから

それを見つけた時に、「うぅぅぅ」という感覚があるし、それを統合しようとしたって、「いや・・・」と拒絶する感覚がでたり、「受け入れたつもりになる」というフリをして、結局分断したままになる。

相反するもの、都合の悪い何かを統合させる引力って何だろう?と思った時に、自分の体験でそれを実現させたものは「愛」だったなぁと。

時代は分断から統合に移り変わっていく。その大切な要素の一つが愛であり、それが今年最後の個展「愛から生きる、愛として生きる」の言葉に繋がっていった


3.自分らしく生きる残酷さ


価値観の変化が進んでいくなかで、自分の本当の声、マイボイスをより感じられるようになったとき、もうこのままではいられないと追い詰められる感覚がでてきた。

「自分らしく生きる」。言葉としてはすごく綺麗。誰もがそうだよね、それが大切だよねと思う言葉。でも、現実はそんなに綺麗ではなく、血なまぐさく、苦しく、決して気持ちいいものでもないということを知った。

自分らしく生きるということ、それが必ずしも周りの人を幸せにするわけではない。傷つけてしまうかもしれない。でも、それでもなお、自分は自分の本当の声に裏切ることができないんだと。
心地よかった日々が引き剥がされる痛みを感じてもなお、それでも、自分は自分の声に従うしかない。

そのときに周りからどう思われようと、ひどい、考えられない、最低、ともしそう思われる行動をするとしても、自分の内側の声の真実にもはや目を背けることができない。もはや自分をごまかすことができない。

「自分らしく生きる」ことの残酷さを知った。

何が最善かなんてその時に分かりようがない。
数年後にどうか、死ぬときにどうか、その時に自分の声に従ったことが結果として、幸せな状態になるという確信を持って、今起きているプロセスにも真摯に向きあうことが大切だということを学んだ。

4.手放すことを幸せに感じられる喜び


これまでの人生が積み上げていく、増やしていくというプロセスでしたが、今年は「手放す」一年。

数年ぶりに引っ越し。家は、新築で設計をめちゃめちゃこだわって、理想の家を実現できた住まいから、都内の7畳1部屋のマンションへ。

収納豊かな一戸建てから、小さなクローゼットが2つしかない部屋。だから引っ越す際に、物を徹底的に徹底的に断捨離してそこにおさまる量にしなければならなかった。

でもそれが結果として、以下に自分が物質を無駄に保有していたのか、物の所有が幸せに通じるものではないのだというのを感じ、一気に断捨離できたこと。
そして、実際に7畳に住んでみて、それでもすごく幸せに感じられたことから、住まいに対するこだわりもなくなって。

むしろ、家賃は港区だからあほみたいに高くて、人生の幸せを阻害する要因だと言うことも実感して、本当の豊かさは物件のクオリティではなく、周りの環境だよねということも体感し。

さらに、屋久島に行ったときに友人が借りている古民家が、家賃2万円という衝撃な事実を知り、ランニングコストがいかに人生の充実度に影響するかにも改めて気づかされ。
東京暮らしも手放して、来年春は、交通は不便だけど、自然やお店、何よりも人が素敵な葉山に移住するので、これでまた大きく日々の質感が変わりそう。

そして、ずっと上がり続けていた年収も、勤めていた会社は、週3正社員雇用にシフトして働くペースを落としたので、会社給与の方は年収を大きく落として。

何かを得るために頑張る、というのが終わりないレースになって自分にプレッシャーを与えていましたが(それがあるからこそ成長できたことも多いけど)、今年は手放したことによって得られる豊かさが、すごく自分のウェルビーイングに影響して、手放すことを幸せに感じるようになったことは、ウェルビーイングの支援に携わるものとして大きな気づき。

5.体を大切にすることの重要さ


これまでの人生でトップ3に入る投資して良かったと本気で思えたのが、オーソモレキュラー栄養学を学び取り入れたこと。

充実させるための栄養、体を分子構造で見てそれを構成する栄養を充実させるといった視点。そして自分の栄養状況のリアルを知って、目からウロコの気づきばかり。
どんなに見た目やレイアウトがいい家だって、そもそもの木材がスカスカだったらその家は内部から崩壊していく。木材の密度が大事。

体も一緒で、体という物質そのものがスカスカだと、パフォーマンス発揮しようがないし、それは精神性にも大きく影響していく。

詳細検査で見たら、まぁ致命的なほど欠乏だらけの栄養素がたくさん。ちゃんと食事してどうこうなるものじゃないという現実を知り、サプリメントを習慣化して、体内年齢は実年齢よりも-10歳になるし、体重も落ちるし、肌はどんどん綺麗になるし、胃もたれなくなったから食事も楽しめるし、なによりも朝がめっちゃ活力ある状態で目覚める。

だから、あれしたい、これしたいって意欲がどんどんでてきて、今年はバスケ、格闘技(ジークンドー)、サルサと体を動かす趣味を初めて充実したり。

これまでずっと心の領域を深めていたけど、体を充実化することでこれほどまでに日々の充実度が変わり、クオリティ・オブ・ライフが思いっきり高まるとは。。。

ウェルビーイングにレバレッジポイントがここにあったんだというくらい変化の影響をすごく実感し、これに出会えて本当に良かった。

体の大切さを実感し、整体でこれまでの人生で積み重ねたゆがみを矯正したり、歯の矯正をはじめたり、体の密教であるタントラを始めたり、今年は体と繋がる1年だった。

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いやー、本当にこの1年は濃厚濃密でした。2023年、ありがとう。

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