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読書レポート #2 『稼ぐがすべて Bリーグこそ最強のビジネスモデルである』


本の選定理由

プロスポーツの今を知りたい

私はアスリートエンジニアとして、日々システム開発に携わっている。エンジニアとしての知見は業務の傍らアップデートしている一方、"アスリート"の部分について最近ほとんどアップデートできていないと思っていた。
競技者として一番を目指す方向性、すなわち選手としてスポーツと関わることは引退によって諦めたわけだが、ビジネス的観点でプロスポーツを捉えるという方向で今後も関わっていきたいと思っている。
その中で、現在のスポーツビジネスにおける工夫や活動を詳しく知りたいという欲求が生まれた。そこで、スポーツビジネスの本を読みたいと思うようになった。

スポーツビジネスの本はいくつもあったが、その中でもとりわけ目を引かれたのが「稼ぐがすべて」というタイトルがつけられたこの本である。
この本の執筆者である葦原一正氏は、バスケットボールのプロリーグ・B.LEAGUEの常務理事を務めていた方である。
B.LEAGUEは2016年に本格始動した後、過去6シーズンで売上高を年平均16.6%増加させており、勢いのあるリーグである。
B.LEAGUEの躍進の背景を知るにはとても良い本だと思い、この本を読んでみようと思った。

この本の概要

B.LEAGUE構想が生まれるまで -bjリーグとNBLの統合-

B.LEAGUEは2016年に創設された日本初のプロバスケットボールリーグである。国内の団体競技プロスポーツリーグとしては、野球・サッカーに次いで三番目である。

B.LEAGUEが創設される前、日本のバスケトップリーグは「bjリーグ」と「NBL」の2つが存在していた。トップリーグが2つ存在する状態について国際バスケットボール連盟(FIBA)は問題視しており、日本に対して警告していたが、長期間改善されなかった。この状況にしびれをきらしたFIBAは日本チームに対して国際試合への出場を無期限で禁止するという制裁を課した。

バスケ日本代表が国際試合に出場できない緊急事態を解決するため、バスケトップリーグの統合が急務となった。この事態の収拾を図るべく、Jリーグ創設の中心人物である川淵三郎を招聘し、新規創設リーグ「B.LEAGUE」に2リーグを統合する運びとなった。

B.LEAGUEの構想が実現するまで

B.LEAGUEのチェアマンとなった川淵三郎は、メンバーに対して「絶対に過去の延長線上で物事を考えるな」というメッセージを伝え続けた。
B.LEAGUEの合言葉は「BREAK THE BORDER」であるが、日本スポーツ界をよりよくする新しい風を吹き込むスキームや行動をすることを目標として制定されたものである。

日本スポーツ界に貢献できる新しいことを実行し続け、成長することがB.LEAGUEの存在意義である。過去の延長線上の行動は縮小均衡をもたらす。縮小均衡の行動は現状維持と同義である。現状維持は衰退の始まりという言葉もあるように、過去の延長線上(=現状維持)の行動をとるのはB.LEAGUEの存在意義を揺るがすことにつながる。

スポーツ界の権益構造の主役は「リーグ」「球団」「競技協会」である。この三者の権益を統合することがリーグの影響力を大きくすることに繋がる。
三者の権益を統合したことで影響力が拡大しているリーグとして、アメリカのプロサッカーリーグ「MLS(Major-League-of-Soccer)」が挙げられる。
B.LEAGUEはMLSを参考に、リーグ・球団・競技協会の権益を統合する形で創設された。

開幕戦までの裏側

開幕戦は絶好の周知の機会ととらえ、開幕戦での仕掛けにはさまざまなアイデアが持ちかけられた。その中で実行に移された最も大きなものが「全面LEDコート」であろう。
ひと目でわかる派手さ・新規性(当時世界初)・広告も兼ねられることから採択されたが、予算としては非常に大きな負担となった。このことから葦原氏は「自らのクビが飛ぶことも覚悟した」と語っている。
B.LEAGUE運営は、まさに決死の覚悟で開幕戦を迎えた。

結果、予想よりもはるかに大きな反応がB.LEAGUE開幕戦に対して寄せられた。TV中継は300万人が視聴したとされ、視聴率換算で8-10%の効果と推定された。また、中継からB.LEAGUEチケットのサイトにアクセス・チケット購入の大きな流れが観測され、スマホファーストの方向性の正しさが証明された。

B.LEAGUEの広報

B.LEAGUEのメインターゲットは「若者」「女性」である。
観戦したいスポーツについての調査では、10-30代ではバスケが上位を占めた一方で40代以上はあまり興味をもたれていないことが分かった。また、バスケ観戦者の女性比率が他スポーツと比較して高いことも分かった。これらの調査の結果を加味して、マーケティングでは「若者」「女性」をターゲットに広報を行っている。

さらに、初めて来た観戦者に観戦の理由を調査したアンケートを分析したところ、最終的に「誘われたから」という結果が出た。一見当たり前ではあるが、非常に重要な観点である。「会場のフードが美味しい」「選手が魅力的」といった回答はあったが、これはあくまで副次的であり、キッカケの根本を辿ると「だれかに誘われたから」に帰着するのである。
このため、B.LEAGUEでは「コアなファンが周囲の人をどうしたら誘いやすくなるか?」という観点からアピールを行っている。具体的には、スマホでアクセスしやすい媒体(SNS,ネットニュース)での広告、スマホファーストの体験提供(スマホでチケット購入・入場処理)といったものである。

B.LEAGUEのお金の稼ぎ方

B.LEAGUEの営業活動に関しては、旧リーグと大きく変わっている。
B.LEAGUEのパートナーの料金は、従来の10倍の料金設定をしている。加えて「絶対に値引きをしない」という方向性が示されている。
この理由として、価格設定を緩めるとなし崩してきに価格崩壊が起きてしまい、B.LEAGUEの意義のひとつである「日本バスケ界を世界で太刀打ちできるものにする」活動に対する投資ができなくなってしまうからである。
営業活動でも「お金儲けは手段であり、いただいたお金はリーグ運営を通して『世界に通用する選手・チームの輩出』『夢のアリーナ構想の実現』に使う」と、理念・想いを伝えている。
この結果、営業先の担当者を味方として惹きつけ、ゆくゆくはパートナーとなった企業が複数誕生した。

B.LEAGUEは日本のプロスポーツリーグで初めてインターネット放映権をテレビ放映権と別立てにして販売した。近年のネットテレビの目覚ましい発展に加え、スマホファースト戦略に合致している点からそのような販売形式を採用した。
また、競技映像の制作に関してもB.LEAGUEで行っている。日本のスポーツ界では映像制作をリーグ(競技協会)の外部に委託する形を取っており、リーグが権利を100%保有できていないことがほとんどである。日本の競技協会は映像制作を外部に委託しているがために、外部の制作側は儲かるがコンテンツホルダー(競技協会)が儲からないというドーナツ化現象が起きてしまっている。このドーナツ化現象を防ぐために、B.LEAGUEは当初から映像の著作権を保有および映像の制作を行う形を取るように仕組まれた。

B.LEAGUEの今後

葦原氏は、B.LEAGUEが今後やるべきこととして「夢のアリーナ構想」「若手人材の育成」「社会課題に対するさらなる取り組み」を述べている。
当項目では「夢のアリーナ構想」について詳細を述べていく。

2023年6月現在、夢のアリーナ構想は着々と実現しつつある。
B.LEAGUEの会場のいくつかは「体育館」として主に使われているものがある。体育館を前提として作られた施設は、観客にとって使い勝手がよくないものがほとんどである。B.LEAGUEが発展するには、体育館ではなく「アリーナ」で開催されることが必要だろう。

その先駆けとして、2021年4月に沖縄アリーナ(琉球ゴールデンキングスホーム)が開業した。こちらは控室やVIPルームが充実しており、コートが見やすくコンコースも一周回れる構造になっているなど、観戦者目線で作られている。
また、2023年4月にOPENHOUSEアリーナ太田(群馬クレインサンダースホーム)・2023年5月にはSAGAアリーナ(佐賀バルーナーズホーム)が開業した。これ以外にも、B.LEAGUEでの利用を前提として計画中のアリーナは複数存在する。

この本を読んで学んだこと

この本では、新しい何かを推進する際には「既存の物事の延長線上で考える」ことなく「『あるべき姿は●●だから、●●しなければならない』と考える」が必要だと学んだ。
該当する分野のあるべき姿を定められるためには、該当する分野の知見と課題が把握できていることに加え、該当する分野に対する熱意・愛情が必要である。また、あるべき姿に向かうための策については、課題に対する解決策の知見とそれを伝達できるロジックが必要である。
まとめると、新しい価値観を推進する際には熱意と知識の両方が必要である。

Appendix: バスケットボール・B.LEAGUEのデータ

バスケットボールは男女総計の競技人口が世界一のスポーツである。

  1. バスケットボール:4.5億人

  2. サッカー:2.6億人

  3. テニス:1.0億人

国内の登録競技者数ではサッカーに次ぐ2位である。
※野球は公式情報が公開されていないため除外されている。

  1. サッカー:91万人

  2. バスケットボール:63万人

  3. テニス:46万人

昨シーズンである2021-22シーズンのB.LEAGUEの売上高はB1・B2リーグ合計で300億円である。これは、同じ年度のサッカーJ1・J2リーグの売上高1164億円の約26%にすぎない。
出典:
B.LEAGUE クラブ決算概要 発表資料 (2021-22シーズン)
日本プロサッカーリーグ 2021年度クラブ経営情報開示資料

NBAの総売上は約9000億円とされている。
国内トップの売上を誇るNPB(野球)でも2000億円程度で、NBAと比較したらNPBも少規模だといえる。

一方、現在の日米の人口規模を考慮すると、アメリカの30%ほどの規模になる可能性はあると考えられる。
すなわち、将来的には9000億円の30%=2700億円…すなわち、B.LEAGUEの売上が現在の9倍程度の規模になる可能性を秘めていると考えられる。

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