3.ハンガリーの留学生(第10章.旅先で触れた親切〜pay it forward)
ハンガリーの首都ブダペストに到達した。玄関口の空港はハンガリー出身の音楽家であるリストにちなんでリスト・フェレンツ空港という(ちなみに一般的に我々が耳にする「フランツ・リスト」はドイツ語読み。ハンガリーは日本と同じように名字が先、名前が後である)。
私は空港から市内の中心に向かおうとバスに乗った。バスでまずはクーバーニャ・キシュペシュトという地下鉄の駅まで行って、そこから地下鉄3号線で市内中心部に出る必要がある。
バスがクーバーニャ・キシュペシュトに着くと、私は地下鉄駅に向かって歩いた。しかし駅がよく分からず、多少右往左往してしまった。その時、「どうしました?」と英語で声を掛けられた。振り向くと、20歳くらいの笑顔が素敵な女性が立っていた。恐らく、右往左往している私の姿を見かねて声を掛けてくれたのだ。私が市の中心デアーク・フェレンツ広場まで行きたいと言うと、「私についてきて下さい」と言いながらキップの買い方から列車の乗り方まで教えてくれた。
聞くと、彼女はハンガリー人。今はロンドンに留学しているという。たった今、一時帰国のためロンドンからブダペストに帰ってきたと話してくれた。恐らく、彼女自身も異国の地で、慣れない言葉、慣れない生活習慣など、色々大変な思いをしているのかもしれない。だから異国を一人で旅している私の姿を見て、放っておけなかったのだろう。
彼女は私と歩きながら、「どちらから?」とか「ハンガリーのどこを観るのですか?」とか「ハンガリーのどんなところに興味がありますか?」とか聞いてきた。まだ勉強中の彼女。やっぱり自分の祖国のことが気になるみたいだ。
何はともあれ、彼女のお陰で私は無事、地下鉄に乗ることが出来、ブダペストの中心であるデアーク・フェレンツ広場駅に到着した。地下鉄を降りると、何と先程の彼女とホームで出くわしたのだ。彼女も同じ列車に乗っていたのである。彼女は「出口はあっち」と指をさして教えてくれた。私は丁寧に「ありがとう」と礼を言って彼女と別れた。
ハンガリーをはじめ東欧諸国は2004年にEUに加盟した。それ以来、EU内での人の行き来が活発になり、彼女のようにロンドンに留学したり、その他の西欧諸国に働きに行く人が格段に増えたという。そのため、東欧諸国では人の流出といった新たな問題が浮上していると聞いたことがある。私に親切にしてくれたこの彼女も、EU加盟後の申し子と言ってもいいかもしれない。
彼女は、恐らく思春期の頃に祖国がEU加盟を果たした世代である(私がハンガリーに行ったのは2012年8月)。彼女にとってEU加盟は、自分の明るい未来を思い描く一助になったはずである。だから英語を勉強して、ロンドン留学を決めたのだ。ちなみに、私が大学生の頃、ベルリンの壁が崩壊し、東西ヨーロッパの行き来がようやく始まったことを思えば、その頃と比べて隔世の感がある。
そう言えば、この彼女のように、外国人に対して抵抗無く親切に接することが出来るというのは、やはりEU加盟が影響しているのだろうか…それは分からない。が、異国の地で苦労している彼女が、同じように外国を一人で旅している私を見過ごすことが出来なかったというのは、やはり人的交流が進んだEU加盟が大きく影響していると言ってもいいかもしれない。
私も外国で苦労した経験、また親切にしてもらった経験を忘れずに、日本を訪れてくる外国人に対して親切にしてやりたい。それが海外を旅している私の得意とするところであるし、彼女から受けた親切の恩返し(恩送り)であると思うからである。そして、そういったことが優しさの連鎖につながっていけば…本当に嬉しい限りだ。
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