見出し画像

まるで宇宙船のような

 高円寺駅に降り立つのはこれで2度目。明るい時間にやってきたのは初めてだ。駅前では何かの催しが行われている。
 その日は急にあたたかくなった日。広場では,今日のあたたかいかをリポートしているアナウンサーらしき人がいた。もしかすると少し映ってしまったかも知れない。

 高架下に広がる世界は涼しかった。むしろ少し寒いぐらいだ。お昼の時間ということで,どの店にもあかりは灯っていない。静かに長く西に向かって続いていく。綺麗な空間ではない。でも,汚い空間とも思わない。不思議な空間とも言い難い。ただずっとそこにあったんだろう。ぼくが生まれる何年も前から。
 無力無善寺は突然現れた。ぼくにはそう思った。高架下の街が終わろうとしていたところ。正直不気味な看板に不気味な階段だった。

 扉を開ける前からただならぬ空気を放っている。扉の向こうはもちろんのことだった。
 一歩踏み入れるだけで別世界。そこには何があるのかよくわからない。一瞬では情報が整理できないのだ。ひとまず座って落ち着いた。
 前後左右,上と下だって,ここは異世界だ。どこかの誰かの名言が迷言が?そこかしこに貼られている。椅子はキャンプ用の折り畳み式。日常よりかなり低い位置に目線を置くことになる。そこまで広くないはずの空間が大きく見える。魚眼レンズを通して世界を見ているかのよう。それはちょっと言いすぎた。

 初めて聞く音楽と歌。彼女の歌い方,詩はすんなりとぼくの中に入ってきた気がする。いつもは歌詞なんかよくわからないまま曲が終わっているのに。その時は違った。
 ギターのみでの弾き語りは,好きだ。ふわふわしていないはずなのに,どこかふわふわとし始めた。そうか,宇宙船の中にいるのだ。地球の重力から解放されて,知らない世界を漂っている。上には総武線が走ってるんだっけ?それでもここは雲よりもずっと上だ。

 500円のジンジャーエールは辛口で飲むたびにぼくの鼻の奥の方を刺激する。春の陽気だってのに外はちょっと寒い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?