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ゲーム画像考察

テレビゲームについて考察してみたいと思います。家庭用ゲーム機であればオデッセイ、ホーム・ポン、ファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイ、プレイステーションシリーズ、ニンテンドースイッチ等々が思い浮かびます。これらはテレビや機体に埋め込まれているスクリーン画面を見ながらプレイするわけですが、ここではテレビゲームの画像について金田晋著「絵画美の構造」を参考にしつつ哲学的に考察します。

この著作はタイトル通り絵画について書かれたものです。絵画とテレビゲーム画面、たとえば液晶ディスプレイには類似点と相違点があります。まず両者には色面があり、絵画鑑賞もゲームプレイも視覚優位な体験です。またどちらも物理的基礎をもち(絵画ならば画布、テレビゲームならば液晶ディスプレイ)、なにがしかの模像である色面をもち、人物なり風景が表現されます。
相違点としては物理的基礎が異なります。絵具と液晶ディスプレイでは色面が見える光学メカニズムは異なります。これと関連することですが、複数の画像を表現したければ絵画であれば複数枚の作品を製作しなければなりません。ですが液晶ディスプレイならば一台で複数の画像を映せますし、動画も表示できます。一つの物体でいくつもの色の組み合わせを表現できるわけです。
このように絵画はテレビゲーム画面とかなり異なる点がありますが、それでも参考になる点はあると思います。

スーパーマリオブラザーズ

この画像はファミリーコンピューターのソフト「スーパーマリオブラザーズ」の一時停止映像です。テレビゲームは映像を見ながら遊ぶものですが、まずはこの静止画像から分かることを記述したいと思います。もちろん、この画像だけからテレビゲームの本質を必要十分に獲得することはできないでしょう。しかしこれを分析することで見えてくるものもあるはずです。

映像は四辺に囲まれた滑らかで平面的な画面の内に生じます。この四辺を境に画面内と画面外とが明確に区別されます。この枠を超えて映像が滲み出すようなことはなく、プレイヤーはこの画面に注意していればプレイできます。対して枠外は視界の周縁となり注意が向けられることはありません。そしてプレイに必要な事柄すべてが枠内に適切に配置されます。プレイヤーはコントローラーを操作をすることで、この枠内に意図通りの変化を生じさせるわけです。

テレビゲーム画面についてより詳細に分析します。金田は絵画の画面存在について、カンディンスキーの「基礎平面」という概念に言及したうえで次のように述べています。

「だが重要なことはそのようなニュアンスがあるにもかかわらず、画面の基本性格に加えた分析のほうである。幾何学的平面は無限に連続し、方向上の価値的差異をもたず(等方向性)、可逆的であり、面上のどの点も等質である。だが画面にあっては、垂直線の方向に上-下の対立が、水平線の方向には左ー右の対立が、画家と画布の間には前ー後の対立が生ずる。さらに画面が正方形に近づくほど中心ー周縁の対立が顕著になり、画面の中心に向かっての求心的傾向が強くなる。まだ一筆だに描かれていない白い画布にして、既にこの価値的差異の体系が厳然と存在している。」(「絵画美の構造」p76)

テレビゲーム画面を見ても垂直線と水平線、上下左右、プレイヤーと画面との前ー後の対立が認められます。テレビゲームの画面は無秩序、無意味なものではありません。

プレイヤーはこうした意味を持つ画面を見ながら、コントローラーを操作して枠内に変化を生じさせるわけです。

テレビゲームの色面とその物理的基礎を区別することも重要です。色面は色のついた面ですが、その基礎は液晶ディスプレイのカラーフィルターを通ってきた光です。前者は後者の存在によって支持されています。色面は人物やアイテムや動物を摸像する機能をもちます。テレビゲームをする間は、色面が見えていてもその基礎である光の波長や粒のあり方を調べるなどということはしません。物理的基礎に着目しなくともゲーム世界に入り込むことはできるわけです。


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