SS【零】

「いらっしゃい。初めまして、そして、久しぶりだね」

 と、澪(れい)は微笑む。夜明け色の瞳は母のような慈愛に溢れているが、細身の体躯からは不思議と父のような威厳が感じ取れるだろう。
 初めて見た気がするのに、どこかで会ったことがあるかのような存在だ。

「皆同じことを言うんだ、気付いたらこの場所にいたとね。……嗚呼、安心してほしい。死んだ訳ではなく、私とこうして話をしてほしかっただけなんだ」

 澪は人をからかうように、含み笑いを浮かべてみせた。
 周囲を見渡す。
 ただ白いだけの場所なのに、胎内のような落ち着きがある。空は見えず、立方体を作る大きな壁があるだけだ。都市を模したような建物が並び、耳を済ませば心地の良いせせらぎが聞こえる。
 視線を戻すと、少しゆとりのある空間に居て、澪が浮いていることに気が付いた。空中で少し動けば、小さなシルクハットに飾られたハート型の小瓶の中で、紫色の液体が僅かに揺れを見せる。

「小瓶の液体が気になるかい? これはね、感情の水だよ。主の感情を現していて、変化に応じて色も変わる」

 澪は尋ねてもいないのに答えてから、他人事のような口振りで説明を始めた。

「澪はね、創造主代理だよ。君の世界じゃない、他の世界を創造した主の代理だ。主は創った世界と次元の違う場所にいるから、創造の中に器を置いた。それが、澪だ。世界に住む者からは、神と呼ばれているね」

 澪は全てを受け入れるかのように、目を伏せて言う。

「人生というものは等しく物語であり、物語には終わりがつきものだ。終わった者はいずれ此処に、私の元に還ってくる。此処は、私は、全ての始まりで、全ての終わりである、『零(ゼロ)』と言えよう」

 夜明け色の瞳を魅せ、笑った。

「だから、此処はZ box cityと言うんだ」

 いらっしゃいと続けて、澪は風も音も無く髪と裾を揺らす。

「他に人はいるのだけれど、今は外してもらっているよ。私が一人で喋り続けるだけになって申し訳ないけれど、どうしても一言伝えておきたくてね。時間も限られているし、手短にいこうか」

 澪は両の掌を広げ、言葉を紡いだ。

「──のこと、よろしく頼むよ」

 耳に残る前に、それじゃあねと手を叩かれる。意識が揺らぎ、夢から覚めるような浮上感に襲われた。

 これで良かったのかと、澪は振り返る。
 プロローグというものは、ほんの挨拶に過ぎないものだ。


 了

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