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ブルーフラッグとは何だったのか~江の島海水浴場の休場に思う

 まだ8月中旬だというのに、片瀬西浜の海の家では撤収作業が始まっていた。例年、8月後半になるとクラゲが出没するようになって、海水浴場で遊ぶ人は減っていく。にぎわっていた海の家も、次第に静寂が戻ってくるものだ。だが、今年の場合は強制終了だ。昨年はコロナ禍で開設すらできなかった。連日発表される神奈川県内の新規感染者数は、昨年よりはるかに多いから、本来なら海水浴場が開設されることすら奇跡に近かったのかもしれない。事実、隣の鎌倉市内の海水浴場は市長の判断で開設を見送った。いったんは開設した海水浴場も、デルタ株の猛威で緊急事態宣言が発出されると、次々に途中で休業を余儀なくされた。そんな中で、唯一最後まで開設を続けたのが、藤沢市内の三つの海水浴場だった。

コロナ禍前から海水浴場は迷惑施設だった

 私は海水浴場に対してあまり良いイメージを持っていない。海から江の島が見えるこの地に引っ越して15年近くになる。腰越や片瀬東浜はどちらかというとのんびりした海水浴場だ。それと比べると、片瀬西浜に関しては海の家というより、ただの飲食店街にしか見えない。泳ぎたい人より酒を飲みたい人ばかり集まる。以前はクラブ化して、夜までBGMの爆音を流して近隣住民の悩みの種だった。最近、そういうクラブ化はなくなったが、例年、海水浴場が開設されると、片瀬西浜周辺の治安は悪くなる。私自身も、ただ歩いているだけなのに若い酔っ払いに奇声を上げて追いかけられたことがある。目が血走っていた茶髪の男が海パン姿で襲ってくるのだから、怖いなんてものではない。

 江の島ではかつて夏に花火大会を開催していたが、片瀬西浜は目の前で花火が打ちあがる、最もロケーションが優れた場所だった。だが、肝心の特等席の砂浜に市民が入ることはできなかった。それは、海の家が砂浜の半分を占領して砂浜が狭くなっていたことに加え、海の家が自分の店舗の前にぎっしりとビーチチェアを置いて、有料で客に貸しだしていたからだ。市民が砂浜に場所取りしようものなら、「有料だからどけ」と排除された。海の家になぜ、そんな権限があるのか分からないが、海の家が勝手に設定した高額の有料席は花火大会が始まっても全て埋まることはなく、市民は海の家が途切れる砂浜にひしめきあって、花火を見ていた。花火大会が秋開催になってから市民は海の家のない広い砂浜で広々と花火を見物できるようになった。

 こんなこともあるから、地元民としては片瀬西浜の海の家は迷惑施設でしかなかった。

 昨年、コロナ禍で海水浴場を開設しないと決まったとき、申し訳ないがホッとした。これで平和な片瀬西浜になると。ところが、今年は神奈川県が海水浴場の設置指針を緩和し、設置のハードルを下げたことから、藤沢市内の海水浴場も開設することが決まった。江の島は東京五輪のセーリングの会場にもなっており、人を呼び込みたかったのだろう。ところが、夏が近づくにつれて新規感染者数は激増し、東京五輪が始まると首都圏は医療崩壊に近い状況に追い込まれた。

 下記はNHKがまとめた神奈川県内の新規感染者数の推移だ。東京五輪の開会以降、急激に増えているのが分かる。8月2日に神奈川県に緊急事態宣言が発出されたが、6日にはついに2千人を突破してしまった。

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 緊急事態宣言の発出にほとんどの自治体は機敏に反応した。逗子市は2日から緊急事態宣言の解除まで海水浴場を休場。茅ケ崎市は7日、サザンビーチちがさき海水浴場を閉鎖。三浦市は8日、市内の三つの海水浴場を閉鎖した。湘南で取り残されたように営業していたのは、藤沢市のみとなった。県と藤沢市は海水浴場を開設している組合に、海水浴場の休場を要請。16日になって、ようやく江の島の海水浴場が休場となった。「休場」とはいえ、緊急事態宣言の解除の見通しは立っておらず、事実上の閉鎖だ。

表向きは「終日停止」でもこっそり酒類を提供

 コロナ禍で政府や自治体は酒類を提供する飲食店に対する締め付けを強めている。江の島界隈にも休業を余儀なくされたり、酒類の提供を自粛して営業している飲食店がある。藤沢駅周辺には、協力金が少ないことからついに酒類の提供に踏み切った店舗もある。特措法に基づく政府や自治体の要請は強制ではなく、あくまで自粛要請でしかないから、それもまた選択肢の一つだろう。責めるつもりはない。むしろ応援したい。

 片瀬西浜の海の家も実態としてはほぼ居酒屋だったので、酒類の提供自粛は厳しい判断だったはずだ。7月22日に県が藤沢市をまん延防止等重点措置の対象地域に加え、酒類を提供する飲食店には休業を要請。開設したばかりの海の家も、酒類の終日提供を停止した。さらに、藤沢市は7月30日に海水浴場を設置する組合に対して、酒類の終日提供停止など厳格な管理を要請した。地元住民としては、これで少しホッとした。

 ところが、7月31日に目を疑うような記事がネットで配信された。「文春オンライン」の記事である。

聞かれたらお酒を出しているのが実情

海水浴場の飲食店を見て回ると、黄金色の液体が入ったカップを手に持ち談笑する客の姿もチラホラ見受けられた。スタッフにアルコール提供について尋ねると、声をワントーン落として答えが返ってきた。

「大々的に宣伝できないので、お客様に聞かれたら案内しています。缶やジョッキで提供するといかにも『飲んでます』って感じになってしまって、藤沢市に苦情が入ったりするので、なるべく目立たないように……。(お酒を)出しちゃいけないっていうのは大前提なんだけど、みんな出しちゃってる状況。なので、少しでも害がないようにって言ったらアレですけど、個々の判断で試行錯誤しながらやってますね」
 砂浜に目をやってみても、本来禁止のはずのアルコール飲料を持ち込んで飲酒している海水浴客がそこかしこに点在していた。実際のところ、酒類提供や飲酒に関する部分はグレーのようだ。

「泥酔客は入店させない、飲むペースを見て制限をかけるなど、トラブルを起こさないために細心の注意は払っています。例年だと酔っ払った外国人のナンパがひどくて、女の子だけで飲みに来てるグループに店の外から声をかけて連れ出そうとすることもありました。もちろんそういう奴はすぐ出禁にするんですけど、まだ今年はそこまでタチの悪いのは見かけていないですね」

 具体的にどこの海水浴場かは書いていない。江の島界隈だというだけだ。しかし、地元に住んでいれば、それが片瀬西浜だとすぐに分かるはずだ。私も気になって、久しぶりに片瀬西浜を歩いてみたが、酒類を提供している様子は見られなかった。しかし、よく見るとカウンターやテーブルで黄金色の飲み物が入ったコップを飲んでいる客を見かけた。そのときはノンアルコールのビールだと思っていたが、この記事を読んで謎が解けた。こっそりと酒類を提供していたのだ。

 あまり厳しいことは言いたくないが、マスクをしていない店員がいたり、店内では若い人たちが密状態で騒いでいたり、とても安全に海水浴を楽しめる状態ではない。海の家の前や砂浜では、コンビニで買った酒を飲んでいる人たちもいる。コロナ禍だったら、決して近づいてはいけない場所だ。

有名無実化するコロナ対策ガイドライン

 江の島海水浴場協同組合は、今年の海水浴場設置に当たって、「2021年度片瀬西浜・鵠沼海水浴場新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン」を策定している。

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 これを読めば分かるように、「海の家以外では、海水浴場エリア内での飲酒を禁止する」としている。まん延防止等重点措置が適用されてからは、海の家ですら酒類の提供は禁止されているから、少なくとも片瀬西浜を酔っ払って歩いている輩はいないはずだ。ところが、地元の方はご存知の通り、あちらこちらで酔っ払いを見かける。海の家に行けば、その周りに缶ビールやハイボールを飲んでいる人がたくさんいる。ガイドライン自体が有名無実化していたのだ。

 飲食店の中には酒類を提供している店があるじゃないかと言う人もいるかもしれない。だが、それとこれとは大きく異なる。

 飲食店が大々的に酒類を提供することは特措法違反ではない。政府や県の自粛要請は命令ではなく、あくまで「要請」である。だから、酒類を提供する店と、しない店、または休業する店があるのは当然のことだ。様々な事情があって要請に応じられない飲食店もあるだろう。県は要請に応じた飲食店に対して協力金を支給する。要請に応じられない飲食店には協力金は支給しない。それだけのことだ。だが、片瀬西浜の海の家は違う。「酒類提供の終日停止」を公に掲げながら、実際には酒類を提供している。これは、闇営業でしかない。県や市、市民を欺く行為だ。

ブルーフラッグ認証取得に期待を抱いていたが

 片瀬西浜・鵠沼海水浴場は2021年4月にブルーフラッグの認定を取得した。「ブルーフラッグ」とはビーチ、マリーナの国際環境認証である。水質、環境マネジメント、環境教育、安全とサービスについての基準を達成することによって与えられる。ブルーフラッグに認証されると、その年の海水浴シーズンにブルーフラッグの掲揚が認められる。

 私はこのブルーフラッグ認証にほのかな期待を抱いていた。本来、ブルーフラッグの認証を取得したからには、「キレイで安心安全で誰もが楽しめる優しいビーチ」でなければならないはずだ。

 そもそも、片瀬西浜・鵠沼海水浴場がブルーフラッグ認証を得ようとする理由は、かつて海水浴場がマナー違反や治安の悪化によって地元住民が近寄れない状態に悪化した苦い教訓があったからだ。だから、多くの厳しい基準をクリアすれば、江の島の海水浴場は生まれ変わると思っていた。

 ところが、今年、この有様である。

 正直、大いに裏切られた気分だ。ブルーフラッグとはいったい何だったのか。

 片瀬西浜はかねてから砂浜が浸食しており、海の家が建つと砂浜が一層狭くなって、圧迫感が強く、居心地が悪くなる。神奈川県はそろそろ、片瀬西浜での海水浴場の設置や海の家の建設を見直すべきではないか。そして、地元住民が憩える砂浜を取り戻していただきたい。

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