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大阪都構想は東京23区の「改良型」なのか~『大阪都構想2.0』(松浪ケンタ著)を読む

 午前中、かかりつけ医に月イチの通院を済ませて、午後は松浪ケンタ大阪府議会議員の『大阪都構想2.0』を読んでいる。大阪市民がどんな理不尽な統治機構を選ぼうと、それは大阪市民の自由である。私は、コロナ禍だから住民投票をしないという判断が正しいとは思わない。この間、全国で国政の補欠選挙や地方選挙が行われたが、延期された選挙は一つもない。さすがに緊急事態宣言下に選挙を強行するのにはあきれたが、衣食住と並んで大切なのが民主主義である。

 ただ、今回、吉村・松井体制でバージョンアップした都構想の案には首を傾げることが多い。

 2020年11月1日、私が大阪市民で、住民投票に参加する権利があるのだとすれば、結論は「反対」である。

 それは、都区制度に対する理解が未熟であることに加えて、東京23区の都区制度についても大いに誤解しているからである。

 『大阪都構想2.0』を読むと、そこを痛感する。

 例えば、第4章の「『大阪都構想2.0』とは」の「東京23区の『改良型』」(P172~182)を読むと、基本的な認識が間違っていることが分かる。

 一つひとつ指摘していこう。

東京23区に人口や財政力の格差があるのは当たり前

 その巨大な東京23区内では、人口や財政力の格差は長年の問題になっている(P172)

 東京23区で、人口や財政力に格差があることが「長年の問題」になっているなど、聞いたことがない。もちろん、区によって人口問題は抱えていて、バブル経済期に都心区の減少が減ったり、逆に最近になって江東区や品川区のように湾岸地域で人口が急増し、様々な行政課題が出ていることはある。だが、23区内に人口に格差があることが「長年の問題」になっているなど、いったいどこの首長が言っているのだろうか。そもそも、23区に限らず、都内はピンからキリまで、人口の多い自治体も少ない自治体も存在する。当たり前のことである。

 確かに都心区と周辺区では、財政力には格段の違いがある。しかし、だからこそ、財政調整制度があって、財政調整交付金により各区が必要な行政施策ができるよう、税収の足りない部分を補塡している。財政調整交付金は23区の共有財産である。もらう金額が多いか少ないかは問題ではない。

人口や財政に格差がないなら、都区制度は必要ない

 ちなみに、「大阪都構想2.0」が実現して「4区B案」の通りに再編されると、その最大格差は新たにできる北区と淀川区で1.3倍まで縮小し、格差はほとんどなくなる。(P174)

 素朴な疑問なのだが、大阪市を4区にほぼ均等に分割して、人口の格差も財政の格差もなくなるなら、都区制度は必要ないのではなかろうか。東京23区の財政調整制度は、財政力の格差を是正するためにある。大阪の新4区の財政格差が小さいのであれば、財政調整制度は必要ないし、それならば都区制度を採用する意味はない。大阪市を4区に分割すればいいだけだ。

 そんなことをすれば、財源が足りなくなり、政令市時代の住民サービスが維持できなくなると、思うかもしれない。

 そもそも、政令市を返上するくせに政令市時代と同じサービス水準を維持しようなど、半人前の自治体である特別区にはぜいたくすぎると思うが、それを言うのは酷だと思うので、ここでは保留しておこう。

 財源が足りなくなることはない。大阪市を4市に分割するだけなら、一般市としての扱いだから、4市それぞれが地方交付税の交付対象となる。都区制度で大阪府の傘下に入ってしまうから府と区を合算されてしまうのだ。大阪府市がそういう具体的な試算を行っているのかどうか分からないが、政令市時代ですら交付団体だったのだから、4市とも富裕団体とされる可能性は低く、おそらく不交付団体にはならないだろう。

 釈迦に説法だが、一般市なら市長公選もあるし、議会もある。しかも、特別区のように特別地方公共団体ではなく、普通地方公共団体である。全国市長会にも加入できる。

 これは裏技になってしまうかもしれないが、政令市時代のサービスを維持したいなら、大阪府が府の住民サービスとして実施主体を市町村とする補助制度を創設すればいいのではないか。さすがに100%補助事業にはできないだろうが、都区財調の垂直調整はないから、例えば法人市民税の市町村分は新4市に全額入ることになり、府と市が半々で折半する。

 ただし、これをすると、大阪市域にだけに限定することはできないので、大阪府全域のサービスとして制度設計する必要がある。高槻市や東大阪市など周辺市にとっても、この方がありがたいのではないか。

東京23区で再編が必要と思っているのは都庁の官僚だけ

 現行の東京23区は、規模や財政力に大きな開きがあるため、東京都から再編を求められているが、各区の思惑が絡み合い遅々として進んでいない。(P174)

 突っ込みどころ満載の一文だが、東京23区が規模や財政力に大きな開きがある点は、前述した通りに当たり前のことである。「東京都から再編を求められている」が、いったいどのことを指しているのかが分からないが、確かに2007年から「都区のあり方検討委員会」が行われ、都の事務方が23区の再編を議題に挙げたことがある。だが、都の側から「再編しろ」と要求したことなどない。

 東京23区で区域のあり方が議論になったのは理由がある。

 2000年に都区制度改革が行われ、特別区は「基礎自治体」として認められ、都から清掃の中間処理などの事務が区に移管された。だが、事務権限の移譲も、財源の移譲も不十分で、都と区は都区制度改革の積み残しを「主要5課題」として議論していた。この議論は都区間で溝が深く、2006年に決着したものの、これもまた不十分な内容に終わった。そこで、翌2007年から都と区がお互い腹を割って、これから東京23区のあり方を話し合おうと、都区のあり方検討が始まったのだ。

 このとき、区側は都が23区の区域で行っている「大都市事務」を全て洗い出し、区に移譲できないか、仕分けを行うことを求めた。この議論の中で出てきたのが、事務を移管するにあたっての区の人口規模や財政力の問題だ。例えば、人口が4万人の千代田区も80万人の世田谷区も、児童相談所を各区一つ置くのはいかがなものか、という議論だ。権限を下ろせるかd下ろせないかという機械的な判断をすれば、千代田区にも世田谷区にも児童相談所を設置できる。だが、都側はできる限り区には権限を下ろしたくないので、「権限を下ろすなら区域をなんとかした方がいいのではないか」という無茶ぶりをしたわけだ。

 では、なぜ東京23区は再編しなかったのか?

 答えはシンプルである。誰も今の区域で困っていないからである。

 自治体の合併は、お互いがその気にならなければ、できるはずもない。都がいくら「再編」とか、「区域のあり方」を問題提起しても、なにも動くはずがない。

 「各区の思惑が絡み合い」などという認識がどこから出てきたのか分からないが、思惑もなにも、再編しようと思っている区が一つもないのだから、各区には絡み合うべき「思惑」すらない。

法人格のある特別区と法人格のない行政区を混同すべきではない

こうした東京の課題を、大阪の特別区設置案はすでにクリアしている。(P174)

 これは、法人格のある特別区と、法人格のない行政区を混同することから生まれる誤解である。大阪市の24区には法人格がない。だから、大阪市の意志は一つしかない。だが、東京23区には法人格がある。つまり、23区にそれぞれ首長と議会がある。大阪とは違い、23通りの意志がある。東京の課題は23区の総意で進めなければならない。都が再編してよと言って、はいそうですかと再編することなどできない。大阪の24区にはそれぞれ意志はない。大阪市が意志を持っている。だから、大阪市を4区に分けるのは容易だ。こんなことでドヤ顔しているみっともなさは大阪らしいが、一つだけ忠告しておきたい。

 大阪市が4区に分割されれば、四つの意志が生まれる。これまで大阪府は大阪市の同意を得れば、大阪市域のプロジェクトを進めることができた。都構想が実現すれば、相手は四つになる。大阪府と4区との協議は難航を極めるだろう。

大阪の特別区の配分割合が大きいのは、大阪市域の税収が脆弱だから

 大阪都の4特別区の場合は、調整3税のうち78.7%が特別区に戻され、都の取り分は21.3%にとどまる。東京23区は、調整3税の取り分の拡充を求めているが、大阪の場合は東京より特別区の権限や財源割合が大きい。(略)都に対する特別区の立場は、東京より大阪のほうが強いと言えるだろう。(P176)

 申し訳ないが、何を言っているのか分からない。調整3税の配分割合の大小で、強いとか、弱いとか、どういう価値観で制度設計しているのだろうか。需要を積み投げた結果として配分割合というのは決まる。一方で、一般財源の規模によって、市町村分の需要を抜いた税収は大きくなったり、小さくなったりする。これは大阪市域の税収が小さく、基礎自治体としての需要を積み上げると、残りがわずかになってしまうという意味だ。つまり、大阪市の税収構造が脆弱であることの証左でもある。

 本当に東京を超える強さを得たいのであれば、東京と同様、「富裕団体」となるべきで、国から地方交付税でお金をもらって運営している自治体が東京より強いなど、ただひたすら笑ってしまうしかない。

 ただ、私はこの配分割合を見て、今回、大阪府市は思い切って、基礎的自治体優先の原則を貫いたのだろうなと感心した。とにかく、新4区の財政が成り立つよう、制度設計したのだろう。こういう態度は東京都の事務方にはない。都の官僚はいまだに都が基礎的自治体として振る舞えると思い込んでいる。それは時代錯誤で、大きな間違いなのだが、ここではそれは横に置いておこう。

東京にも「特別区財政調整会計」があり、都区協議は「見える化」されている

大阪の場合は、「財政調整特別会計」を設立し、調整5税と現状で大阪市に入っている国からの交付税分を一旦、特別会計に入れたうえで、大阪都と4特別区に振り分けるという「明朗会計」を実現する。本来であれば基礎自治体に入るべき税金が、どう使われるのか。それが大阪の特別会計では一目瞭然となる。(P177)

 東京都にも「特別区財政調整会計」が存在する。同会計には都の取り分は入っていない。つまり、東京23区に交付する交付金の全額が算入されている。都は毎年1月、都の新年度予算原案の発表と同時に、新年度都区財政調整当初フレーム(見込み)を発表し、夏に各区にいくらの交付金を交付するのかという区別算定を決める。1年を通じて、都が調整3税の都の取り分をどんな需要に使ったのかは公表していない。そう言うと、税金の使い道が不透明のように聞こえるかもしれないが、都区財調の性質上、それは当たり前である。

 財調財源というのは、一般財源であって、紐付きの補助金(特定財源)ではない。つまり、使い道はなんでも構わない。例えば、東京23区は「需要」を積み上げて、基準財政需要額を23区全体(当初フレーム)と各区別(区別算定)で明らかにしている。だから、交付金の算定根拠は「需要」である。だが、各区に交付された交付金は「この需要に使ってください」という性格のものではない。つまり、なんの色も付いていないお金なので、区の財布に入ってしまえば、「一般財源」でしかない。

 一方の都は、調整3税全体を入れる財布は存在しない。都が課税して、都の財布に入れるだけである。しかし、財布に入れる際には23区に交付する分の財源のみ、「特別区財政調整会計」に算入する。都は毎年度決算で、税収を何に使ったのかを明らかにしているが、調整3税の都の取り分を何に使ったかなど、明らかにはしてない。理由は簡単である。「一般財源」だからである。つまり、調整3税には色が付いていないので、他の税収と一緒に財布に放り込んでしまえば、その需要の原資がどんな税なのかは関係ないのである。

 おそらく、ここでみんな、キョトンとしてしまっただろう。紐付きのお金でもないのに、特定の税収の使い道を特定の需要につなげることなど、できるわけがないのである。

 しかし、現に都と区は、特別区の需要を根拠に交付金の額を決めている。そう思うことだろう。だが、その「需要」とは基準財政需要額を算定するための方程式に過ぎない。交付金は、基準財政需要額から基準財政収入額を引いて導き出すだけで、交付金自体の使い道を決めているわけではないのだ。

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 上記は、大阪の「特別区設置案」である。「財政調整制度にかかる経理は、全て『財政調整特別会計(仮称)』で行うことにより、透明性を確保」とある。特別会計を設置すると、なぜ透明性が確保されるのかは分からないし、いったい何を「見える化」するのか、これだけでは判断できない。

 「毎年度『大阪府・特別区協議会(仮称)』で運用状況等の報告を行うなど、検証を実施し、必要に応じて協議」とあるが、これは東京の都区間でも行われていることだ。

 おそらく、皆さん、財調算定上の「需要」と、現実の需要の実態を混同しているのではないだろうか。財調算定上の「需要」はできる限り、実態としての需要と乖離しないよう毎年度見直すが、実際の需要ではない。だから、財調算定上の「需要」をいくら透明化しても、現実の需要を「見える化」できているわけではないのだ。財調交付金はあくまで一般財源なので、区が自分の財布に入れた後はどんな需要に回ったのかは調べようがないし、調べても意味がない。

 財政調整を「見える化」するのは良い試みだとは思う。ただ、それを「見える化」することに、どれだけの意味があるのかという疑問が残る。

 ちなみに、東京の特別区長会のHPに都区財政調整の毎年度の協議経過や協議結果などの資料が掲載されている。大阪の財調制度で、これ以上の透明化がどんなものなのかは分からないが、資料を公開しただけでは一般市民には分かりにくい制度だということは念頭に置いておいた方がいいと思う。

議員一人当たりの人口格差があるのは当たり前

区議会議員の一人当たりの人口格差について、大阪4区は東京23区よりはるかいフェアになる。東京23区の区議会では、1票の重さの格差が深刻だ。議員一人当たりの人口が最も少ないのは千代田区議会(定数25)の2661人(2020年6月1日現在)で、最も多いのは世田谷区議会(定数50)の1万8890人(同)。格差は実に7.1倍にもなる。特に東京23区は他の市町村と違って、都区財政調整制度によって互いに自らの税収をやり取りする関係にあり、深く利害を共有している。(P180)

 ごめんなさい。意味不明である。衆院小選挙区や参院選地方選挙区の定数格差と混同しているのではないか。釈迦に説法だが、東京23区はそれぞれ自立した基礎自治体である。各自治体議会の定数は、自治法で定められた上限を超えない範囲で条例で決めることができる。東京23区は、ひとまとめにされることが多いが、都心区、中間区、周辺区、下町と、区によって性格や特徴が異なっている。都心区の夜間人口は少ないが、膨大な昼間人口を抱えている。周辺区は島根県よりも多い人口を抱えている区もあるが、税収が脆弱で、財調交付金に頼っている。議員1人当たりの人口を23区で同じにする理由などない。それは、地方分権を否定する考えだし、23区の基礎自治体としての自立を否定する考えだ。

 私は千代田区議会の定数が25もあるのは首を傾げるし、世田谷区議会の定数が50で足りるとも思っていない。だが、議員1人当たりの人口の格差を持って、フェアか、アンフェアかを問うのは、フェアではない。財政調整交付金を分け合っているのは、確かに「深い利害」であるが、財政調整交付金の算定方式は都と区の毎年度の協議によってフェアな算定方式を導き出しており、区によって恣意的に交付金が増減されることはない。議員1人当たりの人口の格差とは関係なく、財調制度はフェアに動いている。

 ちなみに、東京都と東京23区を除く全国の自治体はほとんど、地方交付税の交付団体である。つまり、「深い利害」でつながっている。大阪市のような政令市も、小笠原村のような離島の村も、同じ利害でつながっているのだ。地方議員1人当たりの人口の格差は調べていただけたのであろうか。上記の論理は、東京と大阪を比較するときに成立する論理でしかない。

 東京都内には、青ヶ島という離島に「青ヶ島村」がある。人口は170人で、村議会の定数は6人である。議員1人当たりの人口は28人。一方、都内最大の市である八王子市は56万1876人の人口を擁する。市議会の定数は40で、議員1人当たりの人口は1万4046人である。なんと、500倍近い格差があるのだ!(笑)

 そんなもん、一緒にすんなと思うかもしれない。だが、東京の市町村には毎年、都から市町村総合交付金が交付されている。これはいわば、市町村版の財調制度のようなもので、東京における23区との格差を是正する狙いがある。つまり、東京の市町村は「深い利害」があるのだ。

 では、果たして青ヶ島村議会は定数をいくつにすればいいのだろうか。

 いや、むしろ八王子市議会を青ヶ島村に併せるべきか。その場合の八王子市議会の定数は2万67となる。これで格差はなくなる。

 もう、やめておこう。

 大阪の新4区の区議会議員の1人当たりの人口格差が少ないのは、人口格差を少なくしようとしたからではない。各特別区の定数は、大阪市議会の選挙区ごとの定数を元に算出されているからである。大阪市議会の定数は、区ごとに議員1人当たりの人口格差が出ないように割り当てられている。いわゆる定数格差が是正されている。これを元に特別区の議員定数を決めているから、大阪の特別区の議員定数に人口格差がないのは当たり前のことだ。だって、元々、一つの自治体なのだから。

 一方、東京23区は、全て独立した自治体で、それぞれの自治体が定数を決めている。異なる自治体で議員1人当たりの人口に差があるのは当たり前だ。これを優劣の物差しにしていること自体、特別区と行政区の違いが理解できていないことの証左でもある。

 最後に提言を残しておきたい。

 大阪市を廃止して、四つの特別区を設置する必要はない。

 大阪市は四つの市に分割するだけで、都構想の目的は達成できる。

 大阪新4市は、分割後にそれぞれ中核市指定を目指す。

 これが、『大阪都構想2.0』を読んだ結論である。

 


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