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電子書籍『都構想の罠』のあとがき(2013年4月)

2012年4月〜7月にかけて、当時都庁担当だった私は、大阪の「都構想」をテーマとした連載を後輩と組んで書きました。今ではもう、ネタとしては古くなってしまったし、この連載で指摘された点は、2015年の住民投票時には解決されている部分もありました。

書いている当時は、大阪の都構想に反対を掲げるつもりはなかったですが、東京の特別区にとって都区制度は地方分権の桎梏でしかなかったので、論調としては批判的にならざるを得ません。2015年の大阪での住民投票では、一般の選挙における「選挙公報」に当たる「投票公報」が全戸に配布されましたが、反対意見の欄に私の名前と、このあとがきの一部が抜粋されました。

今でも、大阪で都区制度を取り入れることには違和感しかないですが、市民に身近な統治機構の改革を巡って、市民自身が激論を交わし、投票で自分たちの未来を決めるというプロセスは、それ自体は間違っていないし、本来の市民自治の在り方だったのではないかと思っています。東京23区では自分たちの自治に対する情熱が冷めてしまい、区長選・区議選では回を繰り返すごとに低投票率を記録し、豊富な財源に甘えて東京都の統治に安住しているのを見れば、その差は一目瞭然でした。

電子書籍は2013年4月にKindle版で発売しました。今でも購入できますが、正直、現状では中身が古くなってしまったので、お金を出して買うのはオススメできません。ここでは「あとがき」だけでも当時の空気が伝わればと思います。

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 『都構想の罠』は、都区政の専門紙『都政新報』に二〇一二年四月六日号から同年七月二十日号までの計二十七回に渡って連載されたシリーズを、加筆・修正したものです。
 東京にとって、大阪で進められている「都構想」は対岸の火事でしかありません。大阪がどのような統治機構を採用したとしても、東京には関わりのないことです。だからこそ、この問題に対して、声を上げて意見や見解を表明する人はあまりいません。しかし、東京都庁や二十三区の職員や議員には、こうした大阪の動きを冷ややかに見ている人が少なからずいます。二〇〇〇年の都区制度改革やその前後の動きに関わったことのある人なら、この不合理な統治機構がいかに胡散臭いものかをよく知っているはずです。
 東京は、統治機構としての都区制度を採用する唯一の都市です。都区制度を一言で言えば、都が財政調整と事務分担の全権を握る制度です。こう書くと、「いや、違うよ、君、都区制度改革は」と、二〇〇〇年都区制度改革以降、特別区が基礎自治体として自立した経緯を説いて、「都区は対等なんだ」と正論を吐く人が、特に二十三区側の幹部や組合の役員の方に多いですが、そういう理想論がこの十三年間、都側にいかに踏みにじられたのかを、言っている本人もご存じのはずです。だからこそ、二十三区の区長会は、二〇〇〇年都区制度改革を「未完の改革」と位置づけているのです。
 その証拠に、都区財政調整交付金の原資である調整三税(法人住民税・固定資産税・特別土地保有税)の課税主体は、特別区ではなく、東京都です。地方自治法は、都が財政調整交付金を区に交付することを定めています。都が何税を原資に、区に何%を交付するのかは、都条例(都と特別区及び特別区相互間の財政調整に関する条例)で定められています。
 つまり、財布のひもを握っているのは、東京都なのです。
 財政調整交付金は、二十三区の一般財源として活用されます。本論でも述べたように、地方自治法上、都が二十三区域で担う事務の範囲は、「人口が高度に集中する大都市地域における行政の一体性及び統一性の確保の観点から当該区域を通じて都が一体的に処理することが必要であると認められる事務」に限定されています。この原則からすれば、都は、「一体的に処理すべき事務」だけを担い、その分の財源を調整三税から賄い、それ以外は全て二十三区に配分するべきではないでしょうか。ところが、そうはなっていません。調整三税のうち何%を二十三区に配分するかは、あらかじめ五五%と決められていて、二十三区の需要を積み上げて、五五%に達すると終了です。都が「一体的に処理すべき事務」にいくら経費がかかるかは問題にはなりません。
 実は、この二十三区に配分する交付金額の決め方は、都区制度改革の前も後もほとんど変わっていません。区側の需要を積み上げた結果が、都区財政調整交付金の総額です。都区制度改革後の違いは、需要を積み上げた結果として配分率が決まるか、最初から配分率が決まっているかの違いでしかありません。

 では、二〇〇〇年都区制度改革とは、何だったのか。

 そこが問われているのです。
 二〇〇〇年の地方分権一括法以来、地方分権の推進は「基礎的自治体優先の原則」が貫かれてきました。実際、都区制度改革でも清掃事業を中心に多くの事務権限が、都から二十三区に移管されました。それに伴い、財政調整交付金の配分率も増やされました。ところが、都区制度改革時の都区の役割分担が不明確であったため、区にとっては移管された事務権限に見合う財源移譲を勝ち取ることができなかったのです。財布のひもを相変わらず都に握られた状態で、相変わらず都が「東京市」であるかのように振る舞っています。
 そういう現実に立った時、これは制度改革が「未完」だったというより、都区制度そのものが本来的に、都が区を統治するという性格の統治機構だという結論に至る。都制は戦時体制なのです。
 都区制度で地方分権は実現できません。都区制度の下にある特別区は、どれだけ多くの権限を移管したとしても、例えそれが「中核市なみ」であったとしても、決して一人前の自治体にはなれません。名目上、地方自治法で「基礎自治体」と定義付けられていますが、自分が使うお金すら、都に財布のひもを握られている半人前の自治体です。
 では、大阪の調整財源も、都が課税するのではなく、特別区が課税し、財政調整すればいいのではないかという議論になりがちです。課税主体が特別区で、特別区が自ら財政調整すれば、都のへその緒を断ち切ることができる。
 確かに、理屈としてはそうなります。実際、東京の第二次特別区制度調査会は、調整税を二十三区共同の財源として、都を介さずに自ら財政調整する仕組みを提言しています。
 理想論としてはあり得る議論ですが、受益と負担の関係に課題が残ります。
 例えば、現行の財政調整制度では、新宿区の住民は、都から固定資産税の課税をされ、都に固定資産税を支払うと、二十三区に財政調整交付金として配分されます。新宿区は財政調整交付金を一般財源として歳入に入れて、住民福祉のために活用されます。都が課税したお金を二十三区の調整財源とする。ここに受益と負担の矛盾は生じません。
 仮に二十三区が固定資産税を課税すれば、新宿区の住民は新宿区に固定資産税を納税し、新宿区はそのお金を原資に二十三区全体の調整財源として、何らかの二十三区の代表に上納します。その何らかの代表は、各区から集まった固定資産税を二十三区に財政調整交付金として配分します。新宿区民が新宿区に納税したのに、そのお金が自分の区で使われず、他区へ逃げていく。固定資産税の負担が重い都心区が税を減免すると、たちまち周辺区の財政に影響します。税の減免は、自治体にとって企業等を誘致するインセンティブとして使われますが、課税主体であるはずの自治体がそれができないというジレンマに陥ります。だから、東京二十三区では課税主体である東京都が固定資産税を減免しているのです。
 仮に、そうした矛盾を覚悟して課税主体を都から区へ移し、区が自ら財政調整を行うとしても、本書で述べたように、やはり都と区の水平調整を必要とする限り、都区の対立は避けられません。
 都が課税し、区に財政調整交付金を配分するという仕組みは、都区制度がある限り必要悪なのです。
 だからこそ、仮にも新しい統治機構を選択しようとしている自治体が、何もわざわざ都区制度などという戦時下の不合理な制度を喜んで選択する必要などありません。
 十八年間、東京の都区制度を取材し続けてきた一人として、大阪で都区制度を導入しようという試みは、滑稽でしかなかった。その一方で、大阪が進めようとしている「都構想」に批判的な分析をすればするほど、ブーメランを投げるように東京の大都市制度の課題も浮き彫りになります。『都政新報』は東京の新聞ですが、大阪都構想を見つめることで、東京の都区制度の限界が透けて見えてきます。橋下徹大阪市長を嘲笑すればするほど、それは、東京自身を嘲笑することになってしまうのです。橋下氏が都区制度に執着するのと同様に、東京もいまだに都区制度に執着し、都と二十三区のいびつな親子関係を継続しているのです。
 私たちが、大阪の都構想をテーマに連載を始めようとしたきっかけは、そこにあります。
 都構想の罠は、東京の都区制度の罠でもあります。
 「都の区」を廃止するという第二次特別区制度調査会の提言は、まだ具体化されていません。それどころか、〇七年度から始まった都区のあり方検討は、児童相談所の移管で合意したのみで、その児相の移管すらいつになるか見通しがつきません。皮肉なことではありますが、大阪が都区制度を導入するのに、橋下徹氏のような危険なリーダーを必要としたのと同様、東京が「都の区」の廃止を実現するには、やはり橋下徹氏のような危険なリーダーを必要としているのかもしれません。
 本書が、東京や大阪の自治体関係者の方、大都市制度に関心のある市民の皆さんにとって、これからの大都市における統治機構のあり方を考えるきっかけになっていただければ幸いです。 

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