アラサー嬢、爆誕。

金がない。かなりヤバイ。
今すぐに金を手に入れなければならない。

飲み会に参加して支払いを私のカードでまとめて払い、みんなから現金を徴収するという錬金術で凌ぐのも限界だ。
そもそもそれは錬金術ではなく支払いを先延ばしにしているだけで1〜2ヶ月後の自分に借金をしているようなものである。

そんな愚行を繰り返した結果、白目を剥くような金額になってしまったクレジットカードの引き落とし日が迫っているが、1万円足りない。どうにか今すぐ現金1万円を手に入れる方法はないだろうか。

ネットでバイトを探す。
検索条件は「1日のみ勤務」「給料当日手渡し」「高収入」
ヒットしたのは新宿を走る爆音トラックの広告でお馴染みのあのピンク色な感じのサイトだった。

夜の仕事といっても、色々な種類がある。
キャバクラの体験入店に行ってみることにした。
体験入店とは、1日だけ試しにお店で働いてみて、続けたいと思ったらその後も継続して嬢としてお店に所属する仕組みである。1日だけ働いてその日の給料を貰い、やっぱり辞めておくと言っても怒られたり今後もウチで働けとしつこく言われることはない。
1回くらいは夜職ってやつをやってみるのも面白そうだ。高収入というのにも惹かれる。今すぐ1万円稼げないとマジで困るから。

28歳の誕生日を迎えて、なにかやらなきゃと意気込んだ矢先にこんなんで良いのだろうか。夜職未経験アラサーキャバ嬢爆誕である。

どこのお店に行こうか悩んだ。
給料はどこの店も時給2000円以上!とか日給1万円保証!とか書いてあるが、正直疑っている。やたらと給料の高い店に飛びつくのは危険な気がする。今すぐ1万円が欲しいとか言ってる癖に理性は残っている。
新宿あたりは治安が悪そうだし、銀座や六本木なんて一流のエリアは私のような素人には無理だろう。治安が良さそうで、高級過ぎない丁度いい所。吉祥寺である。

求人サイトから応募したところ、特に面接や書類選考などもなく、メッセージが届き、体験入店の日時が決まった。
持ち物や服装の指定があったが、服装はキレイめなワンピースとパンプスなら自由とのことだった。

夜9時。店に到着し、ボーイさんから仕事の説明を受ける。お客さんへのお酒の注ぎ方、おしぼりのたたみ方、灰皿はこまめに取り替える、などなど。あとは実際に先輩嬢と接客しながら覚えてくださいといった感じだ。
最後に「じゃあ貸し衣装があるので着替えましょっか」と更衣室に案内された。
えっ?この服ダメ?
この時私はlilLillyの、高級感のあるジャカード生地をたっぷり使った胸下切り替えのふんわりシルエットがかわいい、でもあざとく肌が見える白のオフショルダーのワンピースを着ていた。足元はJeffrey Campbellの、大きなビジューのリボンが付いた華やかな黒いパンプスである。私としては、小っ恥ずかしいくらい「女」を出した服を選んだつもりなのだが。
確かに、店内にいる嬢たちはみんなピッタピタのドレスや、パンツはギリ守られるくらいのミニスカートや、どうしても目が行っちゃう谷間を強調したワンピースを着ていた。
確かに、私が着てきた服だと場違いである。素直に服を借りることにした。

更衣室に行くとラックにいかにもウォーター・ビジネス・ウーマンらしい派手な服がみっちりと掛かっていた。
ずっと疑問に思っていたのだが、キャバ嬢の服は基本的に胸元や背中が大きく空いているが、下着はどうしているのだろう。
ラックに掛かっていた服を触ってみて分かったのだが、ドレス自体に分厚いカップが付いていて、ノーブラで着用してもしっかりと胸が盛れるようになっていた。しかも、ブラが肩や背中からはみ出たりする心配もない。はみ出しブラを悦ぶ客もいるだろうが、レディとしては絶対に犯してはならない醜態である。
なるほど!これは初めて知った。今後どこかで活きるとは思えない知識だが。

胸元ざっくり、総レース、超ミニ丈といった服たちの中から、上半身は白いシフォンの半袖、切り替えのスカート部分は花柄で膝の少し上くらいの丈といういちばん大人しいデザインのワンピースを選んだ。
靴も借りることになったのだが、これが信じられない高さのピンヒールで、2階の更衣室から地下の店に下りる階段で4回足首をぐねった。もう帰りたくなっている。
いざ出勤。先輩の嬢と一緒に最初に席についたお客さんは7人のグループだった。年齢は20代〜40代くらいで、趣味の集まりだというがなんの趣味なのか分からない。大人しそうな眼鏡の大学生のようなもいるし、真っ黒に日焼けしたアロハシャツのオジサンもいた。
大人数のお客さんはこっちが頑張って話題を振ったりしなくても勝手に喋って盛り上がってくれるから気楽である。私はテキトーな分量の水割りを作って、お客さんの話を聞いてニコニコしていれば良いのだ。
お客さんが飲み物どうぞと言ってくれたら、注文用紙に欲しいお酒を書いてボーイさんに手渡すシステムなのだが、実はお客さんに気づかれぬようにこっそりとノンアルコールで頼む暗号がある。
例えばウーロンハイと見せかけてただのウーロン茶が欲しい場合は、注文用紙に「ウーロンハイ♡」とハートマークを書くとノンアルコールのウーロン茶が出てくる。
女の子とお酒を飲みたいお客さんの気分を下げずに、こっちは酔っ払うことがないように、お互いの幸せの為に存在する優しい嘘である。

テキトーにお酒と見せかけたお茶を飲みながらヘラヘラ喋って、酔ったお客さんにお尻を触られたら「お尻触ったあかんで!」とテキトーにあしらいながら笑いを取り、
塾講師をしているというお客さんによる面白い算数の授業をiPadで見せてもらったり、
酔っ払って私にブスだのオバハンだの連呼し始めたクソジジィに濃すぎる水割りを作って「もしかしてブス相手にもう酔っちゃいました?」と煽って殺していったりしながら楽しく過ごし、深夜2時に仕事終了。
給料は7700円だった。
あとは高いヒールで再び足をぐねりながら階段を上がってドレスから私服に着替え、車を待つ。噂に聞く「送り」である。
家の方向が同じ嬢2人と一緒にボーイさんが運転する車に乗った。華やかなドレスを着ていた2人の私服はTシャツにジーパンにヒールの低いサンダル、バッグも横目で見てみたがハイブランドではなくルミネあたりで売ってそうなものという夜の女とは想像もできない質素な格好だった。2人とも学生だという。
家の前で車が止まり、コンビニのカフェオレを差し出しながら「お疲れ様でした、よかったらまたお仕事に来てください」とボーイさんが丁寧に送り届けてくれて、私のキャバクラバイト初体験は終了した。

思っていたほど不潔でも危険でもなく、ボーイさんは親切で、案外楽しかった。
たまにはこうやって未知の世界に足を突っ込んでみるのもいいなと思った。でもあのヒールだけは二度と履きたくない。

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