見出し画像

でき太くん三澤のひとりごと その128

◇ Mくん


私が意識というものをしっかり自覚した上で、子どもたちと接するようになったのはいつごろだっただろうか。

確か私が18歳の頃。

東京の塾でアルバイトを始めたときだったように思います。

アルバイト先の塾は、夜の山でもお馴染みの塾長が経営する「昭和のストロングスタイル」の塾です。あれほど勉強ができなかった自分が、まさか塾でアルバイトができるなどとは、夢にも思っていませんでした。

私が担当したのは、英語。

中学1年生から中学3年生までの基礎的な内容から、文法までをサポートをしていました。授業でわからなかった内容がある子や、ミスが多かった子を教室の隅のブースで、マンツーマンで補習していました。

私がもともとこの塾に通っていた先輩ということもあり、生徒たちは塾長よりも質問をしやすかったようです。

多くの生徒は私を先生とは呼ばずに、「先輩」と呼んでいました。
おそらく塾長は、この雰囲気作りをねらっていたのではないかと思います。

私も先生というよりは、まるで学校の後輩と話をするような感じで、ときには冗談を交えて笑いながら補習をしていました。多くの子は楽しみながら私と英語の補習をしていたように思います。


そんな中、私が対応に困る生徒がひとりだけいました。
今でもその子の苗字は覚えていますが、あえてここはMくんとしましょう。その当時の私は、Mくんだけはどう対処してよいものか、見当もつきませんでした。


Mくんは、その当時中学1年生の男の子。

喜怒哀楽をあまり顔に出さない子で、挨拶しても返事は返ってきませんし、ほとんどしゃべりません。

教室に入ってきた際に私が「こんにちは!」と言っても、無言。
ずっと下を向いています。

よーく見ると、口のあたりがもごもご動いていたので、彼なりに「こんにちは」と言っていたのかもしれません。


マンツーマンの補習のときは、他の生徒とは雰囲気がガラッと変わります。

Mくんもちょっと緊張した雰囲気ですし、私も「この子だけはどう対応したらいいのかな」と迷いがある状態。先ほどまで明るく楽しかった雰囲気が、一気に暗くなります。

私が質問をすると、たいていMくんは無言。
質問がむずかしかったのかなと思い、少しわかりやすく説明しても、反応はなし。

ずっと下を向いています。

じゃあ、わかったらうなずいて、わからなかったら首を横に振ってみようかと言って、ようやく意思疎通ができるような状態でした。ここまで喋らない子は、私の18年の人生の中でははじめての経験でした。

他の生徒とはうまくいっていて雰囲気もとてもいいのに、Mくんとだけはうまくいかない。相性がわるい。

Mくんは全く意思表示がないし、何を考えているかもさっぱりわからないから、こちらからはどうしようもない。

そもそも中学1年生にもなって、挨拶ができないとか、「わかる、わからない」くらいの意志表示もできないっていうのは、問題だ。

塾長とだけはなんだか会話しているみたいだけど、なんで私とは会話できないのかな。

そもそもやる気あるのかな。

これが、私がMくんと向き合ったことで、はじめて自分の中に生まれてきた意識です。私の内面のことば。気持ちです。

この意識があるうちは、絶対にMくんとはうまくいきません。
今はそのことがはっきりわかります。

ですがその当時の自分は、まさか言葉にも発していない自分の内面の意識がMくんとの関係をこじらせているとは、考えもしませんでした。

私の意識は、Mくんを責めるばかりで、すべてMくんに問題があると考えています。Mくんが変われば、きっとうまくいく。すべて悪いのはMくんだと思っているのです。


私はMくんに今後どう向き合っていったらよいのかわからず、あるとき塾長に相談してみました。

今思い起こしてみれば、相談というよりも扱いにくい生徒のMくんの愚痴をきいてほしかったところもあったかもしれません。

そんな私に塾長は、こんなアドバイスをしてくれました。

「三澤くん、私に愚痴を言いたい気持ちはよくわかるよ。18歳で経験もない君が、Mくんを担当すること自体、ちょっとむずかしいことだと思う。かなり経験がある先生だって、Mくんはきついと思うな。でもね、そんなきつい経験だからこそ、それを乗り越えたら、たくさんの宝が得られるのも事実。私がこれからアドバイスすることを、ぜひ実践してみてください。三澤くんにとっては良い経験になると思う」

そう言ってから塾長は、私に超難問を叩きつけたのです。

「三澤くん、あなたの内面にあるそのマイナスの意識。すべて消しましょう」

「はぁ?消すって、どうやってですか?どういうことですか?消えるわけないじゃないですか!?」

「それはまず自分で考えて。自分でどうやったらそのマイナスの意識を消せるか。じっくり考えてみよう」

「いっておくけど、その意識があるうちはMくんとはうまくいかんよ」


ほおっておいても、どんどん湧いてくる自分の気持ち。
ふと気づくと、Mくんの愚痴を反芻している意識。

「これを消すことって、できるの?」

その当時の私は、それ以上質問はできず、とぼとぼと自宅に帰るのでした。

簡単に答えは教えてはくれない。
まずは自分で七転八倒し、考えぬく。
ここでも昭和のストロングスタイルは貫かれているのでした。

ちょっと長くなりそうですので、この続きは次回にします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?