無題4

ナダルの全米優勝は“最初の2球”で決まっていた

ナダルの全米優勝の決め手は最初の2球だった——。と言っても、試合開始から最初の2ポイントで優勝が決していたというオカルトじみた話ではありません。3球目以降のラリーになったポイントではなく、その前の2球、つまりサーブとリターンが勝敗の決め手になっていたという意味です。

ナダルもメドベージェフ(メドベ)も優れた守備力を土台とする選手で長いラリーに強いのだから、ロングラリーこそが勝敗を分けそうな気もしますが、公式スタッツの数字を紐解くと異なる試合の姿が浮かんできます。

※ この試合の公式スタッツは以下のページで確認できる
https://www.usopen.org/en_US/scores/stats/1701.html?promo=sumscores

トータルポイントどおりの試合結果

テニスとは、端的に言えばトータルポイントで相手を上回ることを目指す競技です。ポイントを多く取ったほうがゲームを取り、ゲームを多く取ったほうがセットを取り、そしてセットを多く取ったほうが試合に勝ちます。

6-0, 6-7, 6-7 のような場合はトータルポイントで上回りながら負けることもありますが、それはごくわずかな例外。トータルポイント獲得率50%超→マッチ勝利がテニスの掟です。

この掟は先の決勝も支配しました。両者のセットごとトータルポイント(率ではなく実数)を比較すると以下のとおりです。

無題

5セットいずれも、取ったのはセット内のトータルポイントで上回った側です。試合全体でも勝者のナダルが上回っていました。

では、ナダルの何がメドベより優れていたのでしょうか。まずは試合のごく基本的なスタッツを見てみます。

無題2
※ リターンポイント獲得率は〈100%-相手サービスポイント獲得率〉なので割愛

1stサーブ獲得率は第3セット以外ナダルが終始優勢で、2ndサーブ獲得率は3セット目からメドベが逆転しています。ナダルが落とした2つのセットは2ndリターンでメドベが上回ったわけですが、それはナダルが取った第5セットも同じ。これだけでナダルが序盤にリードした理由、メドベが盛り返した理由、最後にナダルが勝った理由が何なのかわかるでしょうか? また、第4・第5セットは獲得率の大小関係が同じですが結果は異なりました。その差は何だったのでしょうか?

サーブが良かったのか、リターンが良かったのか、それともラリーで優位に展開できていたのか……。1stサーブから始まるポイント全体の獲得率と2ndサーブから始まるポイント全体の獲得率だけを見ても、サーブ、リターン、ラリーのどれが相手をどのくらい上回ったのか、はっきりとしたことはわかりません

サーブ・リターンと、ラリーに分解して考える

両者の得点源を詳らかにするため、セットごとのポイントを前回前々回の記事で紹介した「サーブ非被返球率」「リターン後のポイント獲得率(ラリー勝率)」に分解してみます。

無題3

左がサーブ非被返球率、右が被リターン時のポイント獲得率(サービスゲームのラリー勝率)です。これを見ると、ラリーは全セットでナダル優勢で、返されたサーブが少なかったほうがセットを獲得しています。

メドベからすればラリー戦では分が悪いので、サービスゲームではナダルにサーブを返させず、自分だけが一方的にリターンを繰り返す必要があったことがわかりますね。そして、第3セットでは見事にそれを実現させ、しかもラリーでもナダルに迫りました。第4セットも辛うじて優位に立てたため、セット獲得に成功しました。しかし、最終セットではあと少しのところで自分の形が作れなかった。ラリーでは不利なのだから、サーブ・リターンが互角では不十分だった——というのがこの試合の評価です。

奇しくもチャンピオンシップ・ポイントはメドベージェフのリターンFEでした。最初の2球が、ナダルの手を玉座へと届かせたのです。

サーブとリターンを、砕いて、砕いて、砕く

と、これで締めくくってもよいのですが、せっかくなので両者のサーブとリターンの中へさらに深く分け入ってみましょう。

↓は非被返球率を1stサーブと2ndサーブそれぞれで求めた値です。

無題4
※ 公式スタッツ上には1st/2nd別の返球率の表示はないが、テレビ中継ではセットごとのサマリーとして1stサーブ返球率が表示されたので、それをもとに計算した

基本的に1stサーブの非被返球率(1stリターンの成功率)がセット獲得と連動していて、同率だった第4セットのみ2ndの差が勝者と敗者を分けています。サーブとそのリターンという、わずか2打の攻防が、大きな意味を持っていたのです。

第4セットのメドベの2ndサーブ非被返球率が高いのは、このセットだけナダルがリターンUEを2本犯したからです(他の4セットは0か1)。第4セットはトータルポイント差わずか1でメドベが取りましたが、ラリー勝率ではナダルが押していたので、2本のうち1本でも返していたら4セットで優勝が決まっていたかもしれません。

※ 2ndサーブは機会が少ないので、1本返しそこねるだけで大きく動く。ふつうは回数の多い1stサーブの差のほうが試合に強い影響力を持つ

サーブが良いのか、リターンが悪いのか、それが問題だ

サーブとリターンの出来がこの試合を左右したことがわかりましたが、ではこの試合のサーブ非被返球率は、ナダルとメドベどちら側のパフォーマンスの寄与度が大きいのでしょうか? サーブが返されるか否かは、もちろんサーブの質に左右されますが、リターン側の返球能力も大きく関わってきます。サーブが返されないとき、サーブが良かった可能性もあれば、リターンが悪かった可能性もあるわけです。

サーブとリターンはほとんど不可分なので、この疑問に答えを出すには1球1球の球速、回転、着弾点、配球の偏り、トスのばらつき、フォームの再現性などの詳細なデータを元に検討したいところですが、そのような情報は公表されていません。仕方ないため、公式スタッツの情報から推測を試みました。

サーブが返らない場合、スコアリング上はサーブによるウィナー(エース、サービスウィナー)か、リターンのエラー(FE、UE)のいずれかに判定されます。もしサーブの質が高かったのであれば、ウィナーの割合も高いはずです。反対に、リターンの質が悪かったのであれば、リターンエラーの割合が膨らむはずだと考えられます。

とするならば、サーブのウィナーとリターンのエラーのバランスから、セットごとの返球率の変動要因がサーブ側にあるのか、リターン側にあるのか、おおまかであっても推測できそうです。

上記の考えのもと、1stサーブの非被返球率と、サーブのウィナー率を比較したのが下の表です。

無題5

スペースが狭いので省略した表記にしていますが、各項目の意味は次のとおりです。

  • 1st Srv. Unret. %:1stサーブ非被返球率

  • 1st Srv. Winner %:1stサーブウィナー率。入った1stサーブに占めるエースまたはサービスウィナーの割合

  • SWs / US %:返されなかった1stサーブに占めるウィナーの割合

これらを参照すると、メドベのウィナー率は第3セットから向上しています。第2セットと比べて、返されないサーブ、ウィナーが倍以上に増えていることから、メドベのサーブが飛躍的に良くなったと言えるでしょう。

第4セットになるとメドベのサーブのウィナー率がさらに伸びましたが、非被返球率は伸びませんでした。非被返球率とウィナー率の差が少なくなったということは、返されなかったサーブのほとんどがウィナーの状態。すなわち、返しようのないほど優れたサーブ以外は高確率でナダルが返したと表現できますから、ナダルのリターンも良かったのです。そして第4セットはナダルがサーブを立て直したことも見て取れますから、必然的に拮抗した試合になります。結果としては、前述したようにメドベが2ndサーブで振り切ってセットをものにしました。

第5セットはメドベのサーブ力が失速したと言えそうです。非被返球率もウィナー率も第1・第2セットほどではないにせよ落ちているので、サーブ自体の質が低下したものと考えられます。サーブの平均球速を見ると第4・第5セットに差はないので、コントロールが悪くなったか効果的な配球を組み立てられなかったかのどちらか(あるいはその複合)の可能性が高いでしょう。

一方でナダルのサーブは、第5セットになってウィナー率が落ちましたが、非被返球率はほとんど変化なし。第4セットほど良いサーブが打てていない中、非被返球率が下がらなかったのですから、メドベのリターンが精彩を欠いたことになります。

おことわり

ここまで試合の数字を挙げ続けてきましたが、テレビ・ネット中継を見ていたときや、スタッツを見たとしても代表的な項目だけに注目していたときとは、だいぶ印象が異なるのではないでしょうか。

最後に断っておきますが、上記の数字とそれに対する私の解釈は、あくまでもセット全体の傾向に対してのものです。例えば最終セットでナダルが2ブレークした場面だけ、メドベがブレークバックしさらにイーブンへ戻そうとしてる場面だけを切り出せば、数字上の形勢も評価もまったく異なります。

しかし、そういうことをすればトータルポイントどおりの試合結果であることを見失い、自分にとって印象的な場面に重みづけした印象論になってしまいます。ですから、この記事ではあえて全体を眺め、数字のうえでどこに差があったのかだけに着目しました。

読みながら「数字しか見ていないじゃないか」と感じたならばまさにそのとおりですが、同時に「たまにはこういう見方をしてみるのも面白いかも」と思ってもらえたら、嬉しい限りです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?