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白状しよう。私は自分に絶望した。

ここ2ヶ月ほど、SNSが更新できなかった。

各所から「大丈夫?」と心配の声をもらって、エネルギー的にも良くない状態であることも自覚していた。

でもどうにも出来なかった。何をやってもうまくいかない。抜け出せないループにはまっていた。

それは「忙しかった」からではない。

自信をなくしていたのだ。そして絶望していた。

何もできない自分に。

全くお役に立てていないのではないか、という不安と不信。

確かにものすごく忙しかった。

有り難いことにたくさんお声がけを頂いて過去最高の営業目標を達成。

社会に対して存在証明が少しずつできている実感もあった。

その反面、命を削るようにシゴトをする日々が続いていた。

営業、コンサル、企画提案、事務作業、納品・・・・全てをやる。

「立ち上げ期だから当たり前。」 「今は頑張るしかない。」

そう言い聞かせていたけれど、さすがに限界だった。

クレームを頂いたわけでもないけど、プロデューサーとして自分が納得いくレベルでお客様に貢献できていないこと、思うように前に進んでいないことに歯がゆさと苛立ちと焦りを感じていた。

もっと出来るはずなのに。もっとやりたいのに。もっといいものを。

もっと、もっと、もっと・・・

そんな日々に心身ともに疲れ切っていた。

みんなも頑張ってる。だから弱音は吐きたくなかった。吐いても仕方ないとすら思っていた。

昔から私の悪い癖は自分で抱え込むこと。人にうまく頼れないこと。その上完璧主義で、理想ばかりが引き上がること。

仕事もストレスも、不安な気持ちもすべて抱えていた。

たぶん鬱になりかけていた。突然鼻血がでたりもした。「忙しい」「業務量が多すぎる」を言い訳にするしか自分を守れなかった。

何も考えられなくなって、自分がとんでもなく無力な感じがして、体調も崩して、メンタル的にどん底まで落ちた。誰かのせいにして逃げたくなった。

「大丈夫?なにか手伝おうか?」と聞かれても、何が課題なのか、どうしたいのか、どうしてほしいのか、答えることすら出来なかった。

普段なら雄弁に自分の意思を表明できる私が、ただ泣くしかできなかった。

文字通り、パンクした。そこでやっとヘルプが出せた。

苦しい・・・・

そしてここ数日やっと体調も回復して、冷静に仲間と話が出来るようなった。

まずは今起きていること、何に葛藤しているのかを整理した。

<表層的課題>
・価値提供への約束を果たせていないかもしれないことへの罪悪感
・頂いている金額と期待の大きさへのプレッシャー
・顧客の変化が見えないことへの焦り
・クオリティを追求する時間が十分ないことへの嫌悪感

でも、本質的課題はそこにはないと気づいた。

今の状態は、「忙しさからくる疲れ」ではなく、「事業や目標への疑問」でもなく、薄々気づいていたけれど受け止められなかったこと。

ただの「自分の実力不足」というあっけない事実。

ウェディングプロデューサーとしては実績も経験も積んで 、価値発揮できる自負も自信もあった。

でも法人を祝うこと関しては、まだまだ素人。というより、そもそもビジネスモデルすら、スキームすら確立していない。

その中で、「過去の栄光」と「プライド」にすがりついていた。

これまでのやり方、パラダイムに囚われている自分。

「人生を祝う」ということの価値は感覚ではなくロジックがある。

そして「結婚式」はとてもわかりやすい。

でも「法人を祝う」ということや、「組織エンゲージメントを高めるために“祝う”をカルチャーに」という考え方は全く新しい概念。

なのに価値を伝えきれないことに、中々納得頂けないことに、自分では経営者の力にすらなれていないかもしれないことに、ショックを受けた。

でもちょっと待て。

そもそもフィールドも、ターゲットも、やり方も全く違うのだ。ゼロから価値を生み出している最中なのだ。

そんな簡単にうまくいくはずがないのだ。

「もっとできるはずなのに」

それは自分への奢りであり、甘えでしかなかった。

努力が足りていない、というその事実を受け止めきれなかった。

社会はそんなに甘くないし、ビジネスはそんなに簡単じゃないのにだ。

「私はこんなに頑張っているのに」という承認欲求が成長を阻害していた

完璧主義で、自己実現、自己表現の欲求が極めて強い私。

この強みと性格が良い方向に働いているときはいいけど、少しボタンを掛け違うと、ややこしいことになることは知っていた。

素直さと純粋な成長欲求を見失っていたのだ。

目指すべき人も基準もない。それが不安だった。誰かに求めていた。

新しい事業を立ち上げていて、世の中にないものを生み出していて、まだ実績もなくって。

そこにあるのは夢と信念だけ。

「何が正解か」なんて誰も知らない。

「どんなブランドにしたいか」「どんなビジネスモデルにしたいか」は、自分達で描いて、語って、信頼の前払いをしてもらうしかない。

「受注」それは信頼の前払い。価値提供への約束。

お客様から頂いた「信頼」と「約束」を必死に現実にしていくしかないのだということ。

新しいビジネスをはじめようとしているんだから、全て自分次第なのだ、という至極当然のことにも気づけなかった。

「自分はどこまでも未熟だと認めて、変化させ続ける覚悟はあるのか」ということを突きつけられていた。

これがプレイヤーと経営者の違いなのだと、やっと腑に落ちた。

弱い自分を超え続けるしかないのだと。

そして私は「仕組み」をつくること以上に、「理想を描くこと」「シンボルとして体現すること」が求められている役割であることも忘れていた。

なんでもやろうとして、なんにも出来ていない。

頼るどころかか、仲間と自分の強みすら活かしきれていない。

強みを発揮するには、自分で舞台と役割を作るしかないのだ。

自分の理想像に対するギャップへの葛藤、焦りは、一生つきまとう。

それは私の特性だ。

自分に100点つけることも、納得することもない。

常に足りなくて、常に完璧ではない自分と戦っている。

でも裏を返せば、いつだってたいそれた理想を求めることはできる。

理想の景色を想像することは出来る。

情熱と愛情を持って、理想と人と向き合うことはできる。

だからあとは失敗とチャレンジを楽しめるか。ただそれだけ。

恥ずかしながら全くイケてない自分が今ここにいる。

でもその事実を受け止めることからはじめないと、一生これを繰り返す。

それだけは嫌だ。

弱さも不甲斐ない自分も、全てさらけ出して前に進みたいと思って、このnoteを書いた。

うまく自分の強みと弱さとお付き合いしていこう。私はひとりじゃない。

才能を承認してはいけない。努力、行動、成果を承認する。結果を出している人は、努力も行動もしている。

社会はそんなに承認してくれない。

でも、本当に良い仕事は轟く。

そう信じて目の前のことに尽くすしかない。

課題解決ではなく、理想実現のためのビジネスがしたい。「この人生でよかった」そう心が震える瞬間をこの世に一つでも多く生み出したい。ミッションやビジョンやバリューを「メッセージと世界観」に昇華させて体感できる場をプロデュースして、この世に一つでも多くの本質的な節目を届けたい。

今、素直にそう思っている。

まだまだ挑戦ははじまったばかり。

こんなところで止まってられないのだよ、私。

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