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人生が変わった、その先のいまに。

想像していた以上に小柄なひとだった。少し眠たげで、触れた手はいまにも消えてしまいそうなほど心もとない。
このひとが。この手が。私を救ったのだ。

――――――

今日は好きなひとの誕生日だ。正確には好きなバンドのメンバー、ヴォーカルの誕生日。

人生が変わった出会い、あんて物言いは決して大袈裟ではなくて。
忘れもしない2008年の12月。ラジオの電波に乗って、私の思いもよらない未来がやってきた。

その曲を聴いた瞬間、足元から衝撃が、身体の芯を貫いたようだった。
逆さまに雷を打たれたような。そんな表現が近いだろうか。まっすぐ、脳天まで。駆け抜けるように。鋭く、それでいて心地よく。
音質が悪くて歌詞なんか半分も聞き取れなかった。バンドと曲の名前を書き取るだけで精いっぱい。その日は番組のゲストとして彼らは来ていて、曲間に、リリースとなった作品に込めた思いを語っていた。
必死に。必死にイヤフォンに意識を集めた。一言一句聞き逃したくなかった。

運命の出会いってあるんだ。鳥肌が治まらなかった。

たかだか14歳の子どもの思い込みかもしれない。
だけど本気でそう思えたし、

信じ続けていたら、彼らは本当に私の運命を、
鮮やかに、にぎやかに、変えてしまった。

――――――

当時の私にとってアルバム3000円というのは、とんでもない大金だった。なにせ中学生時のお小遣いが月500円で、単純計算で半年分。
立派な浪費家となったいまとなっては、その額でよく生きていられたなぁと思う。

それでも迷わず買った。擦り切れるほど聞き込んだ。友達に勧めたくて常に持ち運んで、ケースにヒビが入って死ぬほど落ち込んだ。
当時はインターネットに疎くて新譜情報もなかなか手に入らず、毎日ラジオに耳をそばだてて、雑誌を立ち読みして。血眼になって彼らの片鱗を漁った。もっと違うやり方もあったろうけど、それだけ夢中だったのだ。恋は盲目、の感覚に近かったのかもしれない。

それだけメディアにアンテナを張っていたら、ほかのアーティストにだって否が応でも詳しくなっていく。教室の隅っこの冴えない、その割になぜか音楽に詳しい変な中学生がこうして完成して、でも気質が根っからの古いオタクなのでそのまま陰で震えたまま、少しだけ友人が増えた。

そんな風に私は歳を重ね、彼らは作品が少しずつ話題となって、知名度が上がってきていた。
陽の当たる場所に上っていく彼らを見ているのが、心から嬉しかった。

――――――

一度だけ、彼と会話をしたことがある。
CDの購入特典で握手会があって、メンバーのうち来ていた3人全員と順々に握手ができた。ヴォーカルの彼もいた。ステージ上の姿は何度も見ていたけれど、触れられる距離なんてもちろん以ての外で、順番が近づくにつれ頭が真っ白になっていく。
なにを話せばいいんだろう。どうやって気持ちを伝えればいいんだろう。感謝や、喜びや、そのほか色々なものが頭の中でぐしゃぐしゃになっていく。

順番が回っていく。
かわいくて朗らかなストリングス。
格好良くて力強いドラム。
そして彼が、居た。

思っていたより小柄なひとだった。スレンダーだとは思っていたけれど、肌の白さも相まって、心配になる儚さのようなものさえ感じた。
来てくれてありがとう、と手を差し出されて、あぁこのひと本当に存在するんだなぁと、おかしな感動があった。あの曲たちを作り上げる手が、私の人生を変えた手が、いま目の前にあるのが信じられなかった。

おずおずと、その手を握る。細くて、きれいな手。

このまま他の人がみんないなくなってくれればいいのに。
ぽろりと口から言葉が零れた。

実際は茶化したような調子で言ったし、彼もちょっと困った顔で微笑んで諭してくれた。でもそれは私の心の底から落ちた、暗い本当の気持ちだった。

会場には多くのファンが詰めかけていた。自分より彼らに詳しい人だって、彼らを大好きな人だって、たくさんいたはずだ。
それでも。自惚れでも思い込みでもなんでも、こんなに人生を変えてくれたことへの感謝を伝え切りたかった。どうやったって叶わないのに、無力な自分のエゴだけで、私は彼の前を離れたくなかったのだ。

これからも応援しています、なんて月並みな言葉を最後に送った。それだけが私にできることだった。
彼はどんな表情をしていただろうか。それだけが朧げで、思い出せない。

――――――

ぼんやりとした人生なりにも色々なことがあって、中には目の前が真っ暗になるような出来事なんかも、思い出したくもないけどある。
今となっては笑い話にできるけど、ほんとに死んでやろうか、なんて思い詰めてしまった日だって、少なからずあったのだ。

そんなときに支えてくれたのが彼らの音楽であり、またその姿だったと思う。

いまはほとんど触れられないけど、ヴォーカルの彼は一度、のどを痛めてしまっている。しかもステージ上で。
バンドで初めての大舞台を、映像作品として残そうとしたであろうカメラが、行けなかった私に、それを見せてくれた。

歌い切った彼を。その涙を。彼らのその舞台を。

あぁ。私が好きなのは、この「ひと」だ。そしてこの「5人」だ。

何度も何度もその映像を見た。
彼はそのとき25歳。
いまの私と同じ歳。
つらいとき何度も励まされて、勇気をもらって。
いつの間にか数字だけは横並びになってまた改めて、彼らの強さを思う。

――――――

あるライブのときに、彼がこんなようなことを言っていた。
この会場にいる、全ての人の人生を肯定したいし、応援したい。自分たちを好きになってくれた全員を愛したい。
ちょっとニュアンスが違うかもしれないが、こんな感じ。突拍子もなくて心地の良い、音楽家らしい壮大な夢物語。

でも彼は本気で願っているのだ。本気で全員を、自分と、自分たちの音楽で幸せにしたいと、全力でいまも、もがいているのだ。
ただがむしゃらに、「死ぬまで覚めない夢を見よう」と、私たちに歌を届けてくれる。

だって、本当になった。
いまここに、彼の、彼らの音楽で。幸せになった人間が確かに居るのだ。

いま彼らは岐路に立っていて、この先は今までとは違う姿になっていくのだろう。私自身の向き合い方も、少しずつ変わってきているのを感じる。

だけどここが彼らに変えてもらった、素敵な人生の先なのだ。
胸を張って言える。彼に、彼らに会えて、本当に良かった。


"一年で一番愛すべき日は
君の誕生日なんだよ"
「王子」に、心からの愛と感謝、
祝福を込めて。
happy birthday to you!


ヒモ志望です。とっても上手に甘えます。