父のこと

心が追いついていません

私の父は難病です。
寿命はまっとうできるけど、筋力が衰えていくとのこと。

推定20歳くらいから発病していたと思われるのですが、進行が実にゆっくりとの事で、生活になんとなく支障が出始めたのが40代に入った頃

歩いていると突然膝がかくんとなる様になりました。

腰が重いと言い出し、東大病院で診断がありました。

それでも杖生活で会社まで通い定年まで勤め上げ、一年は嘱託勤務も。
本当に頑張ってくれました。

私に子どもが産まれてからは、よく面倒を見てもらい、夏休み、冬休みにはあちこち旅行にも連れて行ってもらいました。

つい去年の暮まで、自分でなんとかトイレにも行けていたのですが、突然自力では立ち上がれなくなってしまいベッド生活が始まりました。

それでも、私は介護士なので寝たきりにさせたくなくて、毎日父の歩行介助をし、叱咤激励の日々を送りました。スパルタで入浴介助も毎日行いました。

正直、出勤前の明け方の介護、休憩時間の入浴介助…疲労が溜まりすぎて、仕事から帰宅と同時にお布団で爆睡してしまう…ことも続いていました

私が介護士だったばかりに、父にはずいぶんな負担をかけていた様で

とうとう、ベッドから転落し救急搬送という結果に😢

肺の筋力も低下していた事から起きるCO2ナルコーシスという症状での重症判断(体に二酸化炭素がたまってしまい、呼吸をしなくていいと思ってしまう)

機械でうまく二酸化炭素を逃す治療をしています。初日は帰宅を促され泣く泣く帰宅しましたが翌日に危篤の知らせ

仕事を途中で抜けさせて頂き、慌てて駆けつけました。息子達も泣いていて、私も辛すぎました。

その夜は母と弟だけ泊まることを許可してもらいやはり帰りました🥲

帰った直後に母から意識が戻ったと連絡があり、会話もできているとのこと。
ホッとして涙が止まりませんでした。

しかし今度は肺炎を起こしてしまい抗生剤での治療中。なんとかしてほしい。
助かってほしい。家に連れて帰ってあげたい。

昨日は樹の高校卒業式。出席できるように父が頑張ってくれました。
母が、卒業式が終わるまでは何があっても一切連絡しないからねと言われまた泣くしかなく。

卒業式を無事に終えて、父に樹の卒業証書を見せる事ができました。

今起きていることはすべていいこと。
そう思いながら生きてきたけど、ほんとに本当これはいいことなのかな…

今も、病室でグズグズ泣きながら書いています。

父の頑張りを残しておきたかった。

早くみんなで帰りたい。

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