見出し画像

「自分の価値を高めて、今を生き抜けろ。」

こんばんは。アキミツです。


今日のタイトルは割と強めのタイトルです。
が、あまり内容のないnoteを書きました。


それもたまには良いじゃないかなって。


今は昔。

小学校の時、僕が何かの文集で書いたテーマが「『恐い』とは何か?」というちょっと哲学的な問いでした。今考えて見てもすっごく不思議な文集(笑)


当時小学6年生の僕は、ジェットコースターが乗れませんでした怖くて。


でも乗れなければ(当時の夢だった)「宇宙飛行士」にはなれない。それ以上に「恐い」事は戦争です。戦争によって多くの尊い命が、今も失われていく事に比べれば僕の「怖さ」なんてとってもチープなものでした。


で、何が言いたかったの?当時の僕よ。


「瀬戸際男子の憂鬱」って?

ずっと「たぶん、今日も窓際男子」でしたが、いつかどこかのタイミングで人は「人生の瀬戸際で、勇気を持って立ち向かわなければいけない場面に立つ」事もあるのではないでしょうか。これは僕の完全な原体験を基にしているのですが、その瀬戸際で揺れ動く感情って上手く言葉にできない。だからこれから出来る限り垂れ流して書いていこうと思っています。それでは聞いて下さい。


プロフィール

Webメディア「Blind Up.」編集長。
1991年2月大阪府岸和田市生まれ。大阪市在住。
現在は「建物づくり」を通じて課題解決を行う不動産会社に週3日所属し、受託でWeb制作・ディレクション・セールスライティングをしてます。2013〜2018年まで「企画・制作」を軸にWebディレクター業・スペース運営・採用広報に従事。2018年7月に職業不適合のため退職、同年9月27歳より自分の活かし方と役割を見直すためフリーランスとして独立。


「宇宙飛行士」になれなくとも

僕は「世間が平和であれば…」それで良い。


そのあとは作文の最後には話が飛躍し過ぎてまとまらず「宇宙飛行士」になれなくても良いや、という様な内容で終わってしまうのです(笑)。


そんな内容の文集でした。


そもそも「こわい」には2つの意味がありました。

作文を書き進めていく中で調べた事があります。


⑴主観的な「怖さ」
これはあなた自身が感じた「怖さ」です。例えば、おばけや怖い話、身に降りかかった危険な出来事など。


⑵客観的な「恐さ」
直接自分に危害が加えられることはない「恐さ」です。冷静な判断をしない時の恐さ、恐れです。世間に蔓延している出来事や事件を知って振り返った時に感じるもの。


この二つ。


今は自分の価値を高めて、今を生き抜けろ。


テメェの日々「怖さ」なんて世間で起こってる「恐さ」と比べたら、小さな出来事だから気にするな。お前が考えた所で出来ることはたかが知れてる。「じゃあ、何したらええねん!」ってなるよな。


「自分の価値を上げまくって、ちゃんと飯食って、クソして、周りの人に感謝して、誇らしく健康に生き抜けろ。」


それが一番の世界平和だぜ!って小学生当時の僕に言いたい。


コロナと共に生きる現在の僕より。


おまけ「素敵」な雑学ツイート


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?