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お帰りなさい!とWelcome!

2022年3月4日。パキスタン対オーストラリアのクリケット・テストマッチがパキスタンの第3の都市・ピンディで始まった。何気ない一文だが、クリケットの世界にとっては待ちに待った喜ばしい出来事だ。

日本ではまだなじみのないスポーツ・クリケットだが、世界的に見ればサッカーと肩を並べるぐらいの競技人口と市場を持っているスポーツだ。イギリスの上流階級のスポーツとして各植民地に広がり、今でもその地域(イギリス連邦)を中心に行われている。オーストラリア、ニュージーランド、インド、スリランカ、パキスタン、西インド諸国などだ。今回のオーストラリアがパキスタンで試合を行うのは24年ぶりの事。24年間オーストラリアとパキスタンが試合を行ってこなかったわけではない。パキスタン・チームが来豪し試合を行ったり、中立国でパキスタンのホームゲームを行ってきた。それは他の国のチームも同じであった。

クリケットは夏のスポーツ。自国でのリーグはその夏のみ行われるが、国際試合は北半球と南半球を通し、常に試合が行われている。各国の代表チームは冬季2~3ヶ国に遠征、夏季に2~3ヶ国を自国に招き試合を行うという非常にグローバルなスポーツでもある。

イギリスから独立後も政情不安が続いていたパキスタン。特に2001年のイスラム過激派による同時多発テロ事件、アメリカのアフガニスタン侵攻はパキスタンにも影響し、イスラム教徒によるテロリストの多くがパキスタンを拠点にするようになってしまった。彼らの標的がアメリカから西側諸国となっていくのにそう時間はかからなかった。2002年5月、ニュージーランド代表選手の宿泊ホテルの近くで自爆テロが発生、ニュージーランド選手団は遠征をキャンセルし帰国(2003年に振り替え)。オーストラリア代表も同年10月の日程に組み込まれていたが、選手の安全確保に不安があると判断し、実行されなかった。その後も遠征をキャンセルする国が多く出る中、西インド諸国の代表と(2006年)パキスタンの隣国は遠征を続けていたが、2008年に起こったムンバイでのホテル襲撃事件を重く見たインドは、同年の遠征を拒否した。代りに翌年スリランカ代表がパキスタンへ遠征することになっった。そして....

2009年3月3日、8時40分、ラホールにあるガダフィ・スタジアム付近でスリランカ・ナショナルチームがバス移動中に襲撃されてしまう。(選手6名負傷、帯同していたパキスタンの警察官2名、一般市民2名死亡)

https://youtu.be/MT8iv6tac-8

これ以降、パキスタンでの代表戦はほとんど行われなくなってしまう。(イスラム教徒が多いジンバブエとケニアは遠征を敢行)国際クリケット連盟とパキスタンクリケット協会の協議により、2015年よりUAEにあるスタジアムをパキスタンのホームとしパキスタン主催の代表戦が開催される事となった。これにより、パキスタン代表選手の遠征生活に終止符が打たれ、興行収入の安定も見込まれる事になった。また、本国パキスタンでは新種目での新リーグが発足した。このリーグの成功は政情と経済の安定を示す目安となった。2019年5月、パキスタン・クリケット協会はアジア・クリケット連盟にパキスタンの地での代表戦復活を希望、その最初の対戦相手にスリランカ代表選手団をノミネートした。そしてスリランカ・クリケット協会はそれを受け9月終わりから3カ月間の遠征を実行した。世界中のクリケットファンと関係者が見守る中、無事に遠征は終了した。本格的にパキスタンでの代表戦が戻るかと思われた。しかし、その直後に新型肺炎が流行、クリケット界もその影響を少なからず受けてしまった。

2022年3月4日 世界ランキング6位・パキスタン対世界ランキング1位・オーストラリアのクリケット・テストマッチがパキスタンの第3の都市・ピンディで始まった。

お帰りなさい!パキスタン Welcom!オーストラリア


そして、同じ日に偉大なるスピン・ボーラーがお亡くなりになりました。

シェーン・ウォーン Rest In Peace :合掌


*ここでのクリケットはテスト・マッチ主体です


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