夜の医務室:ある魔術師の死にまつわる因果の逆転についての考察
2015年にpixivで投稿したものの再録です。
序章のネタバレ含みます。
ドクターは超有能なくせに自分からはわざと何もしていない説。
今にして思えば、あの頃に投稿できていてよかったです。今じゃ絶対書けない。あんな結末になるなんて。
今年も彼あてのチョコは机の引き出しの中。
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「ドクター、共犯者になってくれませんか」
共犯者、といういささかリリカルな言葉に呑まれつつ、深夜の医務室のドアを叩いた少女にハーブティを入れてやる。
飲みながら話を促したところ、彼女からは思わぬ言葉が出た
「……最初は、なんで私じゃなくて所長が死ななきゃならなかったのか、と思ったんです」
医務室に置くには少々繊細なデザインのティーカップに少女は視線を落としたまま、ぽつぽつ話を始めた。
そういえば、このカップも所長の趣味だったはずだ。
僕が愛用しているのはごつい年季の入ったアイドルコンサートのロゴつきマグで、眼に入るたびに憮然とされたものだった。
「ある時、エミヤとクーがいつも通り小競り合いをしてて、構えた槍を見た時に、気がついたんです。
……因果が逆転してるんじゃないかって。
ひょっとして、所長はあそこで死ななきゃいけなかったんじゃないかって。
所長が私のために死んだんじゃなくて。
その、『所長じゃない誰かが生き延びればよかった』、っていうか……。
それで考えてみたんです。
実際今の状況で、生き残ったマシュはデミ・サーバント、ドクターは医務局長ですけどカルデアの運営自体に関わってますよね…
あと、必要なのは……ただ一人、所長には、できないのは」
手で包むように持ったカップの縁を見つめる少女の目は、不思議と感情を感じさせなかった。
即席でも、半人前でも、事象に冷徹な魔術師の眼だ。
「だ、だとしたら」
自分の手にも飲み物があるにも関わらず、喉と口がひどくひりついてかすれた声になってしまった。
格好がつかない。
こういう時こそおどけてみせねばならないのに。
君の、考え過ぎだと。
かさついた口から出たのは、僕が意図したのとは全く違う言葉だった。
「いや、だとしても、この状況は変わらないだろ?」
「わかってます。わかってるんです。
所長はマスターになれなかった。
私はマスターになれてしまった。わかってるんです。
私じゃなかったかもしれない。隣りに座っていた子かもしれません。
でも、ここにいるのは私なんです。
……すみません、こんなことを言って」
――どうにもならないのに、誰かと話したくて。マシュにはとても言えないし。
そう見上げられて、僕も小さく頷くしかなかった。
真面目なデミ・サーバントの彼女に言っても、彼女を思いつめさせるだけなのは確実だ。
「全部私の勝手な想像です。ここだって本当の私達の世界なのかなんてもうわからないし、でも。
でも、ここで意思表明しておかないといけないと思って」
ねえドクター。彼女は笑うように、眩しい何かを見るかのように、そして睨むかのように目を細めた。
全部終わったら、この趣味の悪い事考えた奴らみんなぶっ飛ばしてやりましょうね、グーで。
「うん、それでいいと思うよ」――ボクは喧嘩はゴメンだけどね。
付け加えて、彼女に不器用にウィンクしてみる。
彼女はそれで気が済んだようだった。
明日も早いですよね、お時間取らせてすみませんでした。
小さくお辞儀をして出て行く彼女の背中をおやすみ、良い夢をと見送り、
ドアが閉まったのを確認して僕は小さく、拳でデスクを叩いた。
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