221221_幸せの定義とか

2年前に結婚して、今年子供が産まれた。ほんとに喜ぶべき事だ。

人と会うとよく、幸せでしょ?と聞かれるが、わからないと答えている。照れてるわけでもカッコつけてるわけでもなく、本当にわからない。

後々振り返ってみるとあの時幸せだったな。とは思うかもしれないが、その最中にいる今は幸せだとは感じていない。

主観だが、幸せとは落差だと思っている。今幸せだなと思う時は瞬間的なもので、体感で言うとその落差は2、3倍ないと感じられない。逆に普段より少しでも悪くなると、あの時幸せだったな。と感じる。

20年くらい前は発展途上国に比べて日本人は幸せだと良く言われたが、そうは思わなかった。自分も幸せだとは気づいてないし、途上国の人も不幸だとは思ってないと思ったてたから、その押し付けは変だと思い今の考えに落ち着いた。

落差を感じることは人の情緒にとって大事だと思う。例えば、サウナと水風呂みたいに。音楽の繊細なパートと荒々しいパートの落差とか。

建築で言うと、蝉時雨から暗い屋内に入った時の静寂とか。ふー寒いと言いながら玄関をあけ感じる人気の暖かさとか。

そう言う瞬間的な落差で情緒を感じ、正気を保って生きているのかもしれない。
光と影、喧騒と静寂、寒さと温かさ、孤独と家庭、ただそう言う情緒を感じやすいのは古い建物な気がする。新品と中古のストーリーの違いか…戦後日本の建築が失ったものか…

サウナは手っ取り早く大きな落差を感じられるから流行っているのかもしれない。

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