「1day彼氏は魔法使い」 第4話

9 予言書
 クリスは朝からソワソワしていた。現在八時五〇分。ピンポ〜ンと呼び鈴が鳴る。

「ちょっと早いけど、お邪魔します」

 山ちゃんとカノンが大きな荷物を持ってやって来た。

「山ちゃん? 何その荷物」

「あぁ、これ? プリンターとか」

「は?」

「まぁまぁ追々わかるって。それより早速始める? カノンが色々食料とか買ってるし」

「カノンも。ありがと」

「も〜めっちゃ重いぃ。山ちゃん鬼だし〜」

 カノンはずっしりと重たそうなコンビニ袋を二つドンと置いた。

「山ちゃん殿、カノン殿、本日はよろしく頼む」

「いいの〜クリスさんの為だもの。あはっ」

 … 本当に、カノンは調子がいいな。

「じゃぁカノン、小説ある?」

「うん。へへ〜、二冊持ってきたの。布教用だから山ちゃんとゆりにあげるね」

 差し出されたのは、水色の髪のヒロインが笑顔で微笑む後ろに男子が四人のお決まりの表紙の小説だった。

「これは… 本当に第一王子。どうなっている?」

 クリスは私に差し出された小説を私から奪い取りマジマジと見ている。

「クリスさん、本人に似ているの?」

「あぁ、それにこの後ろの… 宰相と騎士団長、魔法総長の子息達だ」

 … ベタだね。

「そう… 実在するのね。カノン、昨日の乙ゲーのビジュと少し違うくない?」

「それはね、小説が出たのがゲームが出る五年も前ので。小説の方はじわじわ人気が出た感じ? で、ゲームが大ヒットだから。どっちかって言うとゲームの方が先に知った人が大半なんじゃないかな〜」

「そうなると、小説の方がクリスさんが求めてる方っぽいね」

 山ちゃんは小説をパラパラ読んでから考え出した。私はその内に、差し入れの整理とみんなにコーヒーを作る。クリスもじっとしていられないのか私を手伝ってくれる。

「ユーリ、どんな内容なのか… とても不安でしょうがない」

「大丈夫だって。乙ゲーになるくらいだし、恋愛小説でしょ? 第一王子とあの表紙の女の子と周りの男子達との恋愛模様が書かれたものじゃない?」

「そうなのか? 恋愛… アンドリュー様には婚約者がいるのがだ、その辺りはどうなのだ?」

「さぁ? 無難に略奪系じゃない?」

「サラッと言うな。無難とは、この世界はそんなことが普通に起きるのか?」

「いや、普通ではないけど。そう言う小説がいっぱいあるってことだよ。あくまで物語」

 クリスは納得いかない様子。まぁ、こっちの世界のあるあるネタを論じてもしょうがないよね。

「大丈夫だって。結構『な〜んだそんな話?』で終わるんじゃない? 山ちゃんはどう考えてるかわからないけど。結構、真剣だよね。びっくりしたよ。二人とも仕事休んでるし」

「山ちゃん殿か…」

 こたつの部屋に戻ると、山ちゃんはプリンターをセットして、カノンはゲームのスタート画面でスタンバッていた。

「じゃぁ、始めようか。まず、クリスさん、私たちがこの小説の話を口頭で説明するのでこのノートにご自身でまとめを書いてください」

「了解した」

「カノンは、そうだな〜オープニングをざっと見て一旦止めといて」

「了解〜」

「私は?」

「ゆりは一回この小説を見てみな。あるあるのようで違うから」

 ん? と思いながら山ちゃんに言われた通り小説を読んでみる。横では山ちゃんがクリスに登場人物などを話していた。

『王国歴三〇六五年、エスヤーラ王国は長きに渡る魔法戦争に勝利し、隣国との和平条約を締結した。そして、まだ幼い第一王子アンドリューと隣国の王女との婚約も締結した』

 冒頭がこんな感じ? 具体的な年号とか… クリスが言っていた王子の婚約者ってこの隣国の王女様かな? 乙ゲーの原作にしてはちょっと感じが違う?

「ねぇ、山ちゃん、これって具体的すぎない?」

「そうなんだよね… 今、クリスさんにも確認したけど、冒頭の魔法戦争は本当にあったらしい。しかもそれは十年前の話だって」

「マジ! クリス、じゃぁ、これって」

「あぁ、我が国の、私が生まれた時代のものだ」

 私は山ちゃんをばっと見る。山ちゃんは『うん』と頷き話し始めた。

「十中八九、この小説はクリスさんの世界のことが書かれている。しかも年代が一致している。クリスさんは手違いでこっちに来たけど… 現にこの小説が存在する以上、今日の夜には帰るんだしわかる範囲で教えてあげようと思ってさ」

「なるほど。でもそれってどうなの? 未来? が合ってたとして、教えて大丈夫なの?」

「あはは、タイムトラベラー的な? 未来が変わるって? それは… 問題ないでしょ。多分…」

「多分って、山ちゃん。そこはちゃんとしなきゃ、クリスの未来が変わってしまうかもだよ?」

「だって…」

 山ちゃんと私が言い合っていると、カノンが脳天気に口を挟んだ。

「ま〜ま〜、もしって事でいいじゃん。違うかもしれないしさ〜気楽に行こうよ。物語の主軸は恋愛なんだし〜」

「そうね」「そっか」

「ユーリも山ちゃん殿もカノン殿もありがとう。私も『もしも』に備えると言う感じで受け止めるよ」

「って事で再開しようか」

 気を取り直し、小説の恋愛話はそこそこに説明文を読み解いていく。ちょいちょい出てくる時系列的な国の事情は、襲撃事件や飢饉問題、貴族間の争いなどだが、ふわっとしか書かれていない。知らないよりはいいと言うことで、クリスはノートにしたためていた。

「クリスさんの国の文字ってみみずみたいね〜」

 カノンがノートを見ながら『これはなんて書いてあるの?』とか聞いている。確かに。アラビア文字っぽい。

 こうして、山ちゃんはプリンターでゲームの画面を印刷したり、カノンは小説通りにゲームを進めたりと、ある程度話をまとめた頃には夕方になっていた。

「みんな、これから先十年の出来事が把握できた。礼を言う」

「は〜疲れた」
「うん」
「ほとんどが王子と奇跡の少女との恋愛話だったけどね〜」

「いや、十分だ」

「でも残念だな〜。本当の世界なら答え合わせしたかったな〜。ハーレムとかマジでできるのかとかさぁ」

「カノン、ハーレムとか… そこじゃないでしょ」

「えへへ〜」

「クリス、元の世界に戻っても… クリスはそんな事しないだろうけど悪用はしないでね」

「あぁ、国や民に関わる『もしも』の時は私のできる範囲で秘密裏に動く」

「う〜ん、心配だな」

「クリスさん、マジで気をつけてね。これは予言書に近いんだし。時には目をつぶらないといけないわよ?」

「… あぁ、承知している」

10 聖女召喚
「そ、それより、クリス。そろそろじゃない? 着替えたほうがいいよね?」

「そうだな」

 夜もふけ、クリスが帰る時間になった。私達はクリスを部屋に残し一旦外に出た。

「ゆり、どうするの? このまま本当に帰すの? てか、帰れるのかな?」

「どうするって言ったって。クリスはここの人間じゃないんだし。クリスが帰るって言ってるんだし」

「じゃなくてあんたの事。もしかしてじゃないけど好きになったんじゃない?」

「は?」

「だって… ねぇ? あの顔面とあの紳士的な態度。それにクリスさんもゆりを見る目が何となくだけど、それっぽいよ? 二人の雰囲気もピンクと言うか…」

 山ちゃんとカノンはニヤニヤと私をからかう。

「そんな事あるわけないじゃん!」

「そうかな?」

「… まぁ、一日限りの彼氏? って事で、いい思い出として心に刻むわ」

「まぁ、そうか。そうなるか」

「そうだよ」

「でも、もったいないね。ゆりちゃんが楽しそうな顔、久々見たかも」

「何それ〜」

 と、その時、ガチャっとクリスが玄関のドアを顔を赤くして開けた。

「… 支度ができた」

「そ、そう」

 三人でひじを突きながら中に入る。あと五分もすれば予定の時間だ。

「あ! そうそう、杖忘れてるよ。あと、この雑貨もよかったら持っていって。クリスの為に買ったんだし。歯ブラシ好きでしょ?」

「あぁ…」

 ギクシャクしているクリスと私はキッチンの廊下で押し黙る。

「ユーリ、本当に世話になった」

「いいって。私もそっちに召喚されなくてごめん」

「… ユーリ、私は〜」

 と、クリスがつぶやいた時床が光り始めた。

「うわぁ〜」
「お〜」

 後ろで二人が驚きの声をあげている。私はそっと魔法陣から抜け出した。

「ユーリ、ユーリ。聞いてくれ。必ず、迎えに来る。嫌だろうか?」

「へ? 迎えにって… でも…」

「一年だ。一年待ってくれ。どうにか召喚魔法を再現してみるから。私は… ユーリが…」

 と、光に包まれたクリスはそのまま消えていった。

「…」

「一年? ゆり、どうするんよ?」

「どうしよっか…」

「ゆりちゃん! 見た? 本当に消えた! すご〜い!」

 と、カノンは一人カオス状態だ。山ちゃんはそっと私の肩をポンと叩いた。

「まだ一年あるし? じっくり考えな? ね?」

「… いやいや、本当に来るかどうかも分からないし… 」

 私は沈んだ心を奮い立たせる。考えてもしょうがない!

「さてっと、飲みますか?」

「いいね〜」「いえ〜い」

 こうして私達は間近で見た魔法話に花を咲かせた。主にはカノンだけど。興奮しすぎて例の乙女ゲームの全貌をもう一回語り始めたりして。

(月日は流れ)

 私はこの二年。そう二年もクリスを待っている。って、もう一年過ぎたあたりで『来ないだろうな〜』と諦めてはいるんだけど。

「今日でもう二年ですよ、クリスさんっと」

 私は例の如く、部屋で一人飲みをしている。と、その時スマホが鳴った。

「山ちゃん? どうした?」

『今日って例の日でしょ?』

「あぁ… もういいよ。約束の一年は過ぎたんだし。もう二年よ?」

『まぁそうだけど。今から行こっか?』

「いいよ。なになに〜心配してくれてたの?」

『ん〜まぁね〜』

 と、他わいのない話をしていたら床が光り出した。

「うそ! マジで? や、山ちゃん!」

『何? どした?』

「床が光ってる… え〜マジで?」

『ガチで? ど、どうする? え?』

「どうするって、これってクリスだよね?」

『それしかないでしょ! いいよ、飛び込んじゃいな! あとは私が何とかするから!』

「え… でも…」

『いいから! 元気にしなよ! もし帰って来れるなら帰ってくるんだよ!』

「え… うん… 山ちゃん… ありがとう」

『… 本当に元気でね』

「うん…」

 こうしてスエット上下の私はスマホ片手にクリスの世界へと召喚された。

 眩い光の中次にそっと目を開けると大きな広間に座っていた。

「ようこそエスヤーラ国へ。聖女様」

 スマイル百点のイケメンが、床にペタンと座る私に手を差し伸べる。

「聖女?」

 とりあえずキョロキョロとその場を見て回ると、スマイルイケメンのずっと後ろでクリスが罰が悪そうにこちらを見ていた。聖女って? あれ? それって話し合うとか何とか…
 それより、クリス迎えに来てくれるんじゃぁ… 何この儀式的な感じ。

「私は第一王子のアンドリュー。さぁこちらへ聖女ユーリ殿。私が責任を持っておもてなしをしますので」

 王子の片手にはクリスが書いたあのノート…

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?(怒)」

<おわり>


・第1話
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・第2話
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・第3話
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・第4話(最終話)
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