参考にならないHow to★作詞家になるには[13]

「作詞家ですか…」

そうして私は作詞家になった。
と言いたい所だが、この時私は「作詞家」とは「明日香の作詞を担当する人」という意味で、この会社内だけでしか使われない社長の造語だと思っていた。

今となっては不思議でならないが、本当に20年間私は「作詞家」という言葉を避けていたかのように出逢わずに生きてきていた。

さて、何にせよ私は会社をクビになった。
私の書いた歌詞が5曲収録された、明日香の1stアルバム「咲」はもう発売されていたので明日香の曲が次々と制作されるわけでもなく、制作されても私以外の人も作詞をするので特にやることもなく、「作詞家として契約」と言っても何か契約書を交わすわけでもなく、要するにフリーターに逆戻りした。
けれど明日香への愛情は変わらないので交流は続き、わりと頻繁に会社にも遊びに行っていた。

ある日会社に遊びに行くと珍しく社長が外にいた。
1階の駐車場の砂を時々ザッ、ザッと蹴りながら、舞い上がる砂埃を眺めるようにぐるぐるウロウロと落ち着きなく歩き回っている。

「社長、落とし物ですか」
私が声を掛けると社長はぶっきらぼうに
「人を待ってんだよ」
と言った。
「あら、わざわざすみません」
という私の冗談に
「おめぇじゃねぇよ!」
と的確にツッコミつつ、社長に笑顔はなかった。
相当緊張しているみたいだった。

すると会社からすぐの道の角に、一台のタクシーが止まった。
中から降りて来たのは、4、50代くらいのふくよかな女性。
ふくよかだけれど優しい雰囲気というよりは一代で成功を収めたやり手女社長のような雰囲気で身なりは美しく、こんな言い方はよくないかも知れないと思いつつ身も蓋もない言い方をすれば、お金持ちそうであった。
色のついた大きなサングラスで半分が隠れていてお顔はよく見えない。
が、その姿を見た瞬間に社長は
「お久しぶりです!!」
と大きな声で言い、深々と頭を下げた。
つられて私も頭を下げた。

「ケン坊、あぁ、もうケン坊じゃないわね、立派な社長さんよね。
この度はお声かけいただきありがとうございます。
あまりに連絡が来ないから、もう忘れられたのかと思ったわ」

その女性の穏やかで優雅な言葉に社長は顔を上げ
「いやいや、いつまでもケン坊です。
わざわざ、わざわざ、お越しいただいて…」
と、少し恥ずかしそうに、私の知らない昔が見えるような顔で笑った。

私も女性と目が合ったので何か言おうと思ったけど自分の肩書きがわからず
「あ、あの、林明日香の元マネージャーの渡邊亜希子です」
と言った。

すると西麻布に吹く風を演出にするような、凛とした佇まいで彼女が言った。

「はじめまして。
作詞家の三浦徳子です」

造語だと思っていた「作詞家」がそこにいた。

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