「親に信用されていない」という中学生(2022.8.27記事リライト)
家庭科の時間、制服にアイロンをかけて畳む、という実習がありました。けっこう上手にアイロンかけている子がいたので、「おうちでやってるの?」と聞いてみました。そうしたら、衝撃の答えが返ってきました。
想像してみてください。
・・・(10秒)・・・
「家の人から信用されていないから、アイロンは触らせてもらえません」
自分の子どもの頃を思い出しました。「信用していない」という直接的な言葉はなかったけれど、私自身は、いろいろなことを「危ない」「ダメ」と言われて育ちました。その結果どうなったかというと・・・そのうち、やらなくなりました。
好奇心を持って、やってみたいこと、これができたら、お姉さんぽく成長できるんじゃ・・・そんな期待を持って「やってみたい」ことを「危ない」「ダメ」と言われ続けたら。
・わたしは大人になっちゃいけないんだ
・親はわたしに赤ちゃんでいてほしいんだ。
・わたしは成長しちゃいけないんだ。
そんな誤ったメッセージを受け取ってしまったのです。 そして「お手伝いしたい」なんて、一切言わなくなりました。高学年くらいから言われるようになった「お手伝いしなさい」に対しては、強い強い反発を感じるようになりました。
「信用されていない」にしても、「成長してはいけない」にしても、大人になって客観的に見ると、発言した人の意図は、そんなところにないのではないかと思うのです。子どものことを信用したくない、ということはないし、成長するななんて思ってもいないでしょう。けれど、子どもたちの「やってみたい」に対し、「ダメ」で対応し続けると、こういうミスリードが起こります。
アイロンは危ない、というのはわかります。包丁やガスコンロも危険が伴います。個人的に思うのは、「危ないからきちんと教える」ということ。「こういうことをしたら危ない」「こういうことに気を付けて」そのようなことを、しっかり真面目に伝えること。その上で、最初は一緒に、だんだんに任せていけばいいのです。
「子どもを信用する」。それは、大人(親や先生)にとっても、チャレンジなことです。が、とっても意味のあるチャレンジです。信用と信頼は少し違う、というのはここでは置いておいて、子どもを信頼(信用)することによって、子どもたちは、信頼(信用)されているというヨロコビを感じて、チャレンジをするし、成長もできる。子どもたちにとっての、そういう大人でありたいと、思っています。
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