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アフターピルOTC化承認見送りで感じたこと

※OTCとはOver The Counterの略で、カウンター越し医薬品を販売する形に由来している。ドラッグストアなどで処方箋がなくても購入できる医薬品をOTC医薬品という。 参考:日本OTC医薬品協会


私の体は私のもの。
それはパートナーがいて成り立つ“妊娠”ということであっても、私が妊娠するか否かを決めることができる。
なんだか言葉にすると当たり前に聞こえることが、自分の細胞レベルで染みわたっているかというと、そうではない。

アフターピル使ったことあるよ。でも大人になるまで知らなかった。

アフターピルのことを知っている人はどのくらいいるのだろうか。私は知ってるけどみんなはどうなのかな?私だって知ったのは社会人になって何年も経ってから。

アフターピル(モーニングアフターピル)とは緊急避妊薬のこと。避妊しなかった、もしくは避妊に失敗したときに性行為後72時間以内に服用すると妊娠を防げる。もちろん100%ではない。性行為後から服用が早ければ早いほど避妊できる確率は高まる。

パートナー(この時私は独身)との性行為後に避妊に失敗してしまったことに気づいた。その時はコンドームが膣内で外れてしまっていたことが発覚。
私は生理周期も不規則、基礎体温もつけていないから、今日私の体はどんなことが起こっているのか自分ですらわからない。
(ちなみに妊娠しない、いわゆる”安全日”なんてものはない。この時はあんまりよくわかってなかったけど。)
「どうしよう…大丈夫かな…」と二人とも不安になるが妊娠するのは私だ。不安の大きさが違いすぎる。「きっと大丈夫だよね!」というパートナーにあいまいにうなずくことしかできない。

「妊娠したらどうしよう」
それしか考えられないまま家に帰った。

産婦人科受診のハードルの高さ

次の日、友達に「実は…」と話すとアフターピルのことを教えてもらう。
できるだけ早く飲むといい。産婦人科で処方してもらえる。ということを聞き、まだこの時点でも打つ手があるのかと少し安心した。
しかし「病院行こうかな…」と言って友達と別れたものの、すぐには決断できないまま時間が流れた。
まず産婦人科に行くということが当時の自分にはハードルが高かった。
「産婦人科に入るところ、出てくるところを知り合いに見られたらどうしよう」
当時の自分は産婦人科なんてかかったこともなく、妊娠した時に行く病院というイメージが強かった。当たり前だが産婦人科は産科と婦人科が一緒になっている病院で産科にかかっている方も婦人科にかかっている方もいる。
産婦人科に行く(若い女の)人は妊娠している人だから、自分も知り合いに見られてそう思われたらどうしよう、と思ったのである。
第二にアフターピルを処方してもらうには少なからず問診で避妊に失敗した事情を話さなくてはいけない。医師からなんと思われるのか、そんな気にしなくてもいいことが若い私は気になった。
そして第三に費用。ネット情報では1~2万円とあり、100%避妊が成功するわけでもないのに、その金額を払う価値があるのかと悩んだ。当時すでに働いていたが社会人にとっても安くはない金額だった。

アフターピル飲んだけど生理がくるまで毎日不安

悩みに悩んでパートナーとも相談して病院を受診した。受診は一人で。問診表に避妊に失敗して受診していることを書く気まずさ。医師に「コンドームが外れていて…」と事情を話す情けなさ。そこで追い打ちのように「やれやれ最近の若い人の性の乱れは困ったものだね」…とは言わないものの、そういう空気を感じる診察の時間の苦しさ。すごく不安で確証もないけど打てる手は打とうと自分を奮い立たせて行って、何にも悪いことしてないのに悪いことしたみたいに自覚させられて、すごく嫌な時間だったな。
アフターピル服用後は吐き気や頭痛の副作用があるかもれない。不正出血(生理が理由ではない膣からの出血)があるかもしれない。その不安を感じながら処方された1万5千円のアフターピルを飲んだ。けれども次の生理がくるまで寝ても覚めても「妊娠してたらどうしよう」という不安から解放されることはなかった。

アフターピルのOTC化を決めるのはアフターピルを服用することのない男性たち

自分を大切にするための性教育。相手を尊重するための性教育。
そういう性教育に私は触れてこなかった。
自分の体を知ること。相手の体を知ること。
自分を大切にすること。相手を大切にすること。
互いの気持ちを尊重すること。
性教育は人権教育なんだ。
そう気づいたのはここ数年のこと。
日本の性教育は遅れている。だから望まぬ妊娠も多い。
私が「妊娠してたらどうしよう」と生理がくるまで不安な日々を過ごしたのはこの一度だけではない。自分もパートナーも間違った性知識でセックスをしていたり、間違っていると気づいても「避妊して」と言えない自分がいたり。私が望まぬ妊娠をしなかったのは単に運が良かっただけの話である。ケースは様々ある。望まぬ妊娠が悪いことというわけではない。

妊娠は一人ではできない。けれども妊娠や出産の責任は女性だけの問題になりがちだ。
今回(2022年3月に)行われた検討会では「男性の意識調査があるといいですね」という発言が産婦人科学会の参加者からあったそう…
出産か中絶かの選択を迫られるのは女性であって、そこに男性の意識調査はどう関係するのだろうか。

アフターピルを必要としている人はどんな人がいるか想像してみて欲しい。
性の知識が十分ではない若い女性かもしれない。
避妊はしていたけど失敗してしまった女性かもしれない。
親、兄弟、夫、恋人から性暴力を受けた女性かもしれない。
どのような女性でも妊娠する意思がなければ、それが尊重されなければならない。なぜなら妊娠して出産する、はたまた中絶をするのは男性ではなく女性であり、それにまつわる心身の負担はとてつもなく大きいからだ。

やはり女性の体のことなのに男性ばかりで議論されるこの現実のおかしさにみんな気づいているのにどうにもならない歯がゆさ、憤り、むなしさ。

ここまで書いてみたものの感じているのは絶望ではなく希望かも

書き出した当初は「なんで女性の体のことを女性が決められないんだ!おかしい!」というトーンだった。けど…

今回のことだけではなく、いますごく性のことに敏感で、それは関心があるということで、性を知ることが豊かになることと地続きということにみんなが気づき始めた?と感じている。「私は前から気づいていたよ」というわけではなく、私もみんなと同じレベルで気づき始めたし話し始めることができているなって実感してる。

アフターピルが薬局で買えたら救われる人がたくさんいるのかも。そうなったらいいなと思う。でも変わらない現実を前につるたまさんみたいに絶望してないで行動して、それに賛同する多くの人がいる。
あきらかに空気感が違う。

いままでの私だったらアフターピル飲んだことあるとか、避妊しないでセックスしたことあるとか言えません。絶対。
でも私もこれまでの”じゃなきゃいけない”を手放し始めているのかも。

ちょっと最初と最後でトーンの違う感じになっちゃてるかもしれないけど、それも良しで。

この記事書けて本当に良かった。嬉しい。

最後まで読んでくれてありがとう!

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