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美容室難民

※画像はcapliotより生成



「えっと、今日はどんな感じにしますー?」

「そうすね、、、」

4月の下旬の、とある日。私はいつも通っている馴染みの美容室、、ではなく初めて入った店の椅子に座り、少し緊張した面持ちの鏡越しの自分を眺めていた。

何故に私がこのように顔を緊張で歪ませながら(元から歪んでるとか言うな)、馴染みでもない美容室に座っているのか。


時を少し遡ること、2月の出来事である。


「なんかぁ、おじいちゃんが地元で理髪店やってるんすけど、もう歳なんで店続けるために、帰ってこいって言われちゃったんすよ。」

「そうなんすねー、じゃあもうここも?」

「はい、僕は3月までっす。」

私が今住んでいる街に引っ越してきて5年が経とうとしているが、その間ずっと通っていた美容室での会話である。

会話の相手がこの店の店長。

祖父が高齢を理由に、地元の宮崎に帰ることになったらしい。

5年同じ店に通っている間に店長の交代が1度あったので、私からすれば2代目店長となる。


ちなみに初代は店を辞めて他店でキャリアアップするとか言って、私が通って2年程で辞めてしまった。

美容師さんにもキャリアアップはあるのだ。

辞めて次行く店を尋ねると、私の家から2駅ほど行ったところだった。

今でこそその街にはちょくちょく行くようになったが、当時はあまり用事もなく、

「店来てくださいね」

と誘いも受けたが、少し遠いなぁと、その当時は初代について行く気にもならなかった。

代わりにやってきたこの2代目も最初のうちは1人で店を回していたが、もう一人部下が加入し、特に指名などを入れない私は、最近まではその部下に施術してもらうことが多くなった。

「南国からやってきましてぇ。」

ゆったりとした口調で話すその部下の男は、なるほど南国らしい彫りの深い顔つきで、穏やかそうな見た目をしている。

聞けば、鹿児島の離島から大阪にやってきたらしく、毎晩実家から送られてくる泡盛を飲んでいるらしい。背はそれほど高くないが、髭は濃く身体からは少しタバコ臭い匂いがする。

こういった具合で、宮崎からやってきた2代目と、鹿児島の離島からやってきたその部下の南国コンビの店にしばらく通うことになった。店にヤシの木があったわけではない。

冬のある日、気づけばすっかり馴染みになったその部下の男に、唐突に私が言う。

「あのー、パーマ当てたいんすけど。」

とある事情で冬に入る直前まで、しばらく黒髪短髪だった私は、冬の寒さとイメチェンしたい欲から不意にこんな言葉を発していた。

「そうすねー、今から伸ばすと2ヶ月後くらいっすかねー。」

長さが足りなかったので、しばらく私は髪を伸ばすことにした。

念願かなってパーマを当てたのが3月の上旬ごろ。これまたとある事情で4月の中旬くらいまではパーマをなんとか維持したい。

「いい感じになりましたねー。」

部下がニコニコして言う。

「ほな、また!」

上機嫌で帰りのエレベータのボタンを押す私。


そして、それが最後の来店となることも知らずに。


1ヶ月後の4月上旬。私はいつものようにサロン予約をネットで開くと、その店の予約フォームから予約できなくなっていた。

「あれっ?」

店長が辞めることは知っていたが、店が潰れるとは聞いていない。どのみち部下が継ぐか、また別の人が来るのだろうと思い込んでいた。

「予約できないんですけどー。店閉まってるやーん。」

この時、初めて2代目のあの言葉が閉店を意味する言葉ということに気づいた。

「えっ、どうしよ?」

この5年間脳死で、予約ボタンを押していた私。特にアテもない。

美容室難民、ここに爆誕した瞬間である。


書き忘れていたが、私は毛量が非常に多く、伸びるスピードが異常に早い。加えて短髪のためか、1ヶ月も髪を切らないでいると、とんでもなくモサモサとしてくる。寝癖もやたら付いてくるし、私にとってはそれは非常に不快極まりない。

私は、急いで次に行く店を探し始めた。できれば日常的に通える範囲がいい。


初代の店も考えた。どうやら移った先に、今も在籍しているようだ。

しかし、やめた。もう初代が辞めてから2年以上経っているし、今更覚えてもいないだろう。仮に覚えていても、なんとなく、気まずい。


これまで通っていたところというのは、男性専門で扱っているところだった。近所にもう1軒あったので、次もそうしようかと思ったが、これも辞めた。

おそらくだが、通っていた店が無くなったことで、私と同様の難民が生まれているに違いない。そしてその難民が向かうところは、これまでと同系統の店だろう。

「あぁ、あの店無くなったから来たって人、前にもいましたよー。」

なんて会話になるのは、容易く想像できた。

なんとなく癪だな。と思った。ここもやめよう。


というか、めんどくせぇ、なんでこんな思いをして店を選んでいるのだ、と思った。

そういえば、神戸にいた大学時代と京都の社会人時代は比較的安定していたが、その合間合間になると、ちょくちょくどの店に行こうか不安定な時期が訪れる。心なしか精神状態ともリンクしている気がする。

よくよく考えると美容師さんも歳をとる。キャリアアップだってあるのである。あと人生で何回どこで髪を切るのか迷わないといけないのかとその時思い、少し憂鬱になった。(その前に私の髪が禿げ上がったら迷う必要がなくなるのだが。)


そんなことを思いつつも、目の前に課題が残っている。とりあえず、急場を凌ぐため、1800円くらいの安いカットだけの店に行き(掃除機で頭吸われるんだここは)、その後じっくり通える店を探すことにした。

そして、ようやく近くにあった良さげな店を探し当てたところで、冒頭の会話に戻る。

「だいぶパーマ当てて傷んできてますねー。」

「バッサリ切っちゃってください。」

「いいんすか?じゃ、行きますねー。」

多分ここもしばらく通うことになるだろう。そしてまた、来るべき日に美容室難民になるんだ。

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