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狩野探幽 魅力的な写生

探幽は粉本主義か?

狩野派を代表する狩野探幽。

封建的な狩野派を作ったとも言われています。
「粉本主義」師匠のお手本をひたすら写すというスタイルです。

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しかし、そんな探幽は、膨大な縮図(古画の写し)や写生図を描いています。

ふすま絵があまりに有名で、写生図を描いていたとは驚きです。
どうやら注文で描いたもの以外にも、プライベート 描きたいから描いたというようなものもあるみたいです。
草花写生図巻  ▼ みずみずしい野菜や果物が描かれています。よく見ると観察メモのようなものも見て取れます。

狩野探幽『草花写生図巻』(東京国立博物館(TNM)所蔵)

狩野探幽『草花写生図巻』(東京国立博物館(TNM)所蔵)
「ARC浮世絵ポータルデータベース」収録

草花写生図巻は四季の四巻 雑で一巻 で計五巻 シリーズで描かれています。


鳥類写生図模本 尾形光琳も模写していた

草花の他に鳥類 風景もあります。

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狩野探幽 鳥類写生図模本  (大英博物館蔵)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ▼尾形光琳 鳥類写図 (出典:国立博物館所蔵品統合検索システム)▼

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上の図にあるように、近年の研究では、尾形光琳に模写されたことが辻 惟雄氏によって指摘されました。尾形光琳は、若い頃狩野派から学んでいたことは色々な文献に書かれています。ですが、このように探幽の絵をそっくり模写しているとは驚きです。

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今でこそ写生は普通です。ですが当時は、絵の基礎訓練は徹底的な古画の写し。徹底的に臨写すること 一定の型に技を適応させる。


しかし、その写生を光琳のように模写をしている画家も多く、次世代の画家へ与えた影響は少なくないようです。

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