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ロズタリア大陸『聖魔戦争』その13

その12→https://note.com/akihi_gfl/n/ncb7e600e2792

とある賢者の一日

賢者の末裔シェヘラウィード、六歳の時に学術都市の中央に建立された宮殿の謎を解き、永く不在となっていた学術都市の大公、当主となった。
青みがかった銀髪を肩まで伸ばして、腰に差した扇は毎日、律義に達筆な筆で「一日一善」やら「五十歩百歩」など、大陸に伝わることわざを記し、張り替えていたりする。

朝、起きて身支度を整えた彼は、中ぐらいのサイズの籠を持ち、まず城門入り口に設置した意見箱の所へと向かうことから始まる。
裏側の蓋を開けると、今日もまた商業都市に住まう者達からの陳情や要望、意見など数十通ほど、大量に投函されていた。
一枚一枚、丁寧に籠の中に入れていく。
そうして、本棚がいくつか置かれ、机周りなど何冊も書物やら小物など積み重なり、雑然とする自身の仕事部屋で投函内容に目を通し、緊急性を判断して振り分けていく。
「B、D、D、C……おっと、これは」
十数枚目の投書で手を止め、今一度、羊皮紙に書かれた文字をよく読む。
内容はよくある住民同士のトラブルだった。
【数日前ぐらいから?今まで空き家だった部屋に貧相な男が住み込んできた。なんか夜な夜なヘタクソな歌を口ずさんでいて困ってる。文句言ったらなんか刺してきそうな雰囲気の奴だから怖くていえない!どうしたらいい??】
そう書かれていた。
『ふむ……』
「特上Aってところかな?」
シェドはほくそ笑み、元は焼き菓子入れだった箱に入れ、ひとまず次の投書を処理し始める。
「D、C、C、B、D……」
ちなみに振り分け基準だが、Dは慕う男性に告白すべきか?困ってる!恋愛相談やら、賃金は良いけど職場環境がなじめない。転職すべきか?などクソどうでもいい住民の困りごと。
Cは宮殿の料理、油が多くて不味い!料理人変えて欲しい!
労力に見合ってない!賃金あげて欲しい!!
商業都市は医療都市に比べて暑い……、風通しなど良くして欲しい。
週二日休日が欲しい。など【制度改革】の要望。
Bは痛み止めなど薬草が心もとなくなってきた。
かつて奴隷だった人々は、えらく筋肉がやせ細っている。リハビリ用の施設や器具が欲しい。など至急、手配や対応すべき相談内容だったりする。
「こういう重要な話、なるべくなら直接、僕に向かって言って欲しいんだよなぁ~……」
残念そうに一人ごちる。
とはいえ、かつては腐敗を極めた商業都市を現在は建て直し、健全化を図っている最中。多忙を極める身ゆえ、治療部屋にそう頻繁に足を運び、医師や従事者の彼らと話す時間がなかなかもてないのも事実だった。
あらかた、投書を仕分け終わると、まずはBの案件を解決させるべく、手配を始めていく。そして、Bが終わったらC、Dと一枚ずつ丁寧に返信して掲示板に貼るよう、城の使用人に依頼して少し遅めの朝ご飯を取るのだった。

「お前……牛乳飲んでる時の姿は、年相応に可愛いのな……」
以前、たまたま同じタイミングで食堂に居合わせた際、シャールヴィ王子はそう自分のことを評価した。
「搾りたての牛乳って栄養豊富で、身体にも良いんですよ??」
本当に美味しい物を飲食している時は自然と笑みがこぼれる。
そして、何より口の周りに白いひげがついていることを知らないシェドは、微笑を浮かべ答える。
「まっ、育ち盛りだからな」
ぽふぽふ!頭を撫で軽く数回、叩かれた。
『そんな幸せそうな表情で飲んでいるのかなぁ~?』
自分としては早く肉体を成人へと成長させようと、せっせと栄養補給しているに過ぎないのだが……?
『今世、主との信頼関係が、それなりに良好な証拠か』
人間関係、悪いよりは断然良い!
朝食を食べ終え、ナプキンで口元を拭い、シェドは気を取り直して、城下町へと出向くのだった。

賢者の多才な一面

自分達が武力で制圧する前まで、城下町や表通りはどこか陰鬱で道行く人々の表情もうつむきがちで、殺伐としていた。
それが今はすっかり変わり、活気に満ちあふれ始めている。
「へい、らっしゃい!らっしゃい!!オレンジが安いよぉ~!」
「珍しい異大陸の織物だよ~!」
人間の売り買いご法度!
また暴利な価格でなく、正当な値段で至極真っ当に商売をしているならば、死神に目をつけられ『殺されることは決してナイ!』
すっかり理解した町の人々が、安心して商売に精を出している。
野菜や果物、チーズや焼き菓子、布地や陶器、貴金属などの装飾品など……
商業都市で買えぬ品物はない!
そう揶揄されるほど表通りですら賑わいを取り戻していた。
シェドは慣れた様子で、隣の裏路地へと入っていく。
賑やかな表通りとは打って変わって、こちらは不要になった生活用品や書籍、商人や貴族などが破産した際、売りに出された古美術品など多彩に取り扱っている通りだった。

シェドは一度、そこで弦が切れた状態の形が丸みを帯びた古びた楽器を見つけて購入し、専門家に修理を依頼した。数日後、修理ができたとわざわざ宮殿の自分がいる執務室までに持ってきてくれた職人に少し多めの代金を支払って楽器を受け取った。
夕飯前、具合を知るべくまだ仕事をしているシャールヴィ王子の側で、即興で弦をつまびいてみせた。
「ほぅ~……」
とても素人とは思えぬ意外な一面に思わず、シャールヴィ王子も書類に署名する手を止め一時、聞き惚れた。しばらくすると「ヴィーン!!」やたら甲高い調子はずれの音を盛大に執務室に鳴り響かせてしまった。
突然のことに思わずシャールヴィ王子も目を大きく点にする。
「あはは……久方ぶり故、まだ指が慣れていませんね。
お耳汚し大変、失礼致しました」
今世、この肉体では初めての演奏。緩急激しくなる場面、培った技術や経験に対してまだ肉体の指の『反応』が追いつかなかった……
失態を笑って、誤魔化したのだった。

疲れた時は甘いモノを食べるに限る!

そんな幼き賢者は、昼間まで執務に励むと気分転換を兼ねて、数日ごとに古物巡りを行っているのだった。
工芸都市で有名な職人による陶磁器一式、古代文字で書かれた古い文献。子供が大きくなったことで不要になった古着や玩具などなど……
一通り散策を終えると、再び表通りに戻って、とある甘味を提供する軽食喫茶の店舗を訪ねるのだった。
すっかり店主とは顔なじみの仲となった。
「いらっしゃい!坊主、いつものでいいか?」
「ええ、よろしくお願い致します」
シェドは微笑み、適当に空いている席に着席する。
しばらく待つと……やがてウェイトレスが優に五人分はあるだろう。特大サイズのチョコレートパフェを配膳してきた。
「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ!」
細長いスプーン片手に、早速食べ始める。
以前、暇つぶし?それとも興味本位だろうか?
面白そうに「自分もたまには城下町行ってみるかな?」シャールヴィ王子が同行を申し出てきたことがある。
栄養豊富なカカオ豆はあいにく交易で運んでくる異大陸でしか栽培、流通していない貴重な商品。しかし、日頃……昼夜問わず、頭脳を使い続ける自分にとって手軽に摂取できる栄養補給だった。
半時と経たず、完食してみせた様子を同席していたシャールヴィ王子は、コーヒー飲みながら、絶句し眺めたのだった。
それでも、脳への糖分が足りない時がある。その時の為にカウンターで販売されている液体でなく、砂糖を加え冷やし固めたチョコレートを数枚、手に取りパフェの代金、銀貨五枚とともにあわせて購入して、城に戻るのだった。

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