見出し画像

押入れ図書室

子ども時代に住んでいた家に、といっても、生まれたときから
成人しきるまで住んでいたのだが、その家には「図書室」があった。

学習机とピアノを置いた子ども部屋の押入れに、父が棚を付けたもので、
そこに本をずらりと並べていた。
押入れの引き戸はそのままだったから、閉めると外界を遮断できる。
そこに籠ってはよく本を読んでいた。

いまの家は、一部屋を本の部屋にしている。
でも、居心地も幸福感も、押入れ本棚には敵わない。

図書室のある家にずっと憧れてきた。
その図書室というのは、外国の映画に出てきそうなものであり、
明治期・大正期の日本の洋館に設えられているものであり、
わたしが「良い図書室」と感じる基準は、よくよく考えると、
押入れ図書館なのだと思う。

つまり、本と自分しか存在しないような閉ざされた空間なのに、
本を通して世界に開けている。
それが、わたしには心地よくて、いまはもうない押入れ図書室に
ときどき帰りたくなるのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?