遠距離
「あいたい」とどれだけ言い合ったって
なかなかあえない距離だから安心していた。
だから私はおまじないのように「あいたい」と電話に向かって呟き、どこまでも切実そうに聞こえるあなたの「あいたい」を求めていた。その声に自分を探していた。
あいたいと言ってもいい人。
あいたいと言ってくれる人。
その存在に左耳がすがりついて、
いつの間にか眠っていた。
何時間も話せたのは何だったのだろう。
共通の知り合いもないため、私たちの間にあったのはもっぱら本や映画の話で、そうやって「共有」をしていたものだった。
「共有したい」という想いは、私にとって愛に近い、ということに気が付いたのは後になってからで、本当はそこには何もなかったからこそ、私たちは必死だったのかもしれない。
繋ぎとめるように電話を。
共通の時間を、あいたいの距離を。
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