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動画見てての雑感

最近、YouTubeの名人たちを眺めていて気づいた事。

沖縄の人がやってるのと、私の知ってるのは大体重なるんだけど…

習ったのはあちこちバラバラだ、という事。

大半は糸東の道場で得た知識だったけど、
日本拳法系の流派で知ったものや、剛柔流の人に教えてもらったのもある。
最初習ったキックボクシングのセンセからは、古いやり方をいくつか…これは他所の道場ではあまり見かけんかったけど、今でも使ってるものね。

まあ、こんなふらふらしてるから大成もしないんだけどさw


そして、何だろねこれは?と思って、ちょっと考えてみたんだけど…

やはり本土に流入した時に、一度別のものとなってるんだろうなあ、と。
考えてみれば当たり前のことでしかなかったw

色んな人が関わって、
別の知識を持ち寄ったり自分の嗜好や選択で切り捨てて、
流行りや需要なども重なって…色んな所に源流の一つとして根付いたんだろね。


でもこれ、空手の成り立ち自体と同じなのよね。
こういうと怒られるかもしれんけど…


琉球王国でも武術はあったけど、
薩摩との交流(衝突があろうとも)の中で示現流…刀術は伝わっていたし、九州にも何がしかは双方向的に伝わってたみたい。
キックのセンセが子供の頃に近所の人に習った、と言ってたのは「空手」ともまた違うけど、と言葉濁してた。
場所的に、まだいたんだろね。

沖縄では大陸…舶来志向も強く、わざわざあちらに渡って学んでくる人もいたようだし。
(まあそれはお金持ちに限られるんだけど)

冊封使との交流で武官から習ったり、
「なぜか」大陸の一族、と知られてる人らが一部に住んでて。
(人数も顔ぶれも変わるけど「家族」…昔から変わらんなこの民族)
その人らから習ってる人が居たり。

王家とは別に海外と交流してた商家では、「自衛のため」に独自の武術を持っていたり。

本当にバラエティ豊かなのが面白いのだけど。
(王家なんて、源為朝の子孫名乗ってたはずだし。国が成り立つ前から交流あったのは事実みたいよね)

では、武術は純潔でありえたか?
伝統は重んじられてたか?
というと…あり得んのですわ。


聞いただけではあるのだけど、じじいの育ての親の話なんて聞いてると、
「あかんやつや、これ…」
とビビるし。

明らかに研究や交流を重ねて、政治としても利用してた。
ほんっとうにしたたかだと思う、「実際に矢面に立ってた人ら」は。
(さすが武装商人≠海賊…他島への圧政も聞いてるで?被害者の立場はあんたらだけのものやない…)


まとまり無くなったけど…

やっぱり、

知るのは大事、
知った以上変わるのも仕方ない、
教えを守る人がいるのも素晴らしいと思う、

だからこそ、貶し合いやどっちが強い、なんてマウントの取り合いなんかではなくて。
礼儀をもって敬意を払い、高め合うのが、人としての道じゃないかなー、と。


…あ、こんな事書くと、やはりじじい(沖縄の人)の影響が強いんだな、と改めて思う。

てぃーは人としての道よ、と。
あんだけめちゃくちゃなくせに、言う事は立派なのが微妙なあたり、あの人らしいっちゃらしいんだけど。


何が言いたかったかというと…何だろ?

「今も昔も、何にも変わっちゃあいないよw」

ということかしらん?