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【ピアノ・ソロライブ:柴田敏孝】鑑賞


こんにちは。AKIKO(あきける)です。今日、こちらの地域では雨がザブザブと降っております。お天気だって、たまには思いっきり泣きたいときもあるのかな、なんて思ったり。

昨日(2024年5月11日)、私は待ちに待ってのお楽しみ、
ピアニストの柴田敏孝さんのソロライブに福岡のミュージックバー
「MUSIC BAR Bridge」に行って参りました。

まず、なぜ「柴田敏孝」さんというピアニストを知ったのか。そこからお話をさせていただきたいと思います。

私はギタリストであるTAKUYAさんのファンです。また、そのTAKUYAさんがギタリストとして所属していた「JUDY AND MARY」という日本中・世界中に伝説を残した、また今もこれからも伝説であり続けるバンドの大ファンです。

そのことから、私はTAKUYAさんのX(旧Twitter)を普段から拝見し、またXの「スペース」(Xのユーザー同士でお話をできる機能)で憧れであるTAKUYAさんと会話(私にとっては対話・お喋り・学び・ご指導を含む)をさせていただいております。

そのスペースでお話をさせていただいているとき、私はTAKUYAさんにお尋ねしました。「TAKUYAさんが、''この人はすごい'' ''この人は知っておいたほうがいい''という方はいらっしゃいますか?」するとTAKUYAさんは開口一番に「''トシ''。''柴田 敏孝''というピアニスト。」と、教えてくださいました。

そのことから、私は尊敬しているTAKUYAさんが「すごい」と熱を持って語られている方は、どんな方なのだろう。またライブに足を運びたい、生で、直接、この目で柴田敏孝さんのパフォーマンスを観てみたい。そう考えました。それは私にとって自然な思考でした。

そして、ついにやってきた2024年5月11日(土)。私は楽しみ・期待・予感から、少し浅い眠りで当日の朝を迎えました。

万全な体調でライブを鑑賞できるように、午前中は横になったりゆっくり過ごして、いよいよ15:00に家を出発しました。

佐賀県に居住している私は、まず自転車で佐賀駅に向かい、高速バスで福岡県へと移動しました。

知らない土地のため、Googleマップを頼りに、「MUSIC BAR Bridge」に到着したのは、あたりの日も暮れてきた19:15のことでした。

そちらのOPEN時間は19:00、開演時間は19:30だったので、「もう一番前の席は空いていないかなぁ…。」と諦めていたその時。

一席だけ、席が空いているではありませんか。それは、品の良い紳士的な雰囲気を身にまとった、男性と同じ丸テーブルの相席でした。
私は、願いと心を込めてその男性に訊きました。「すみません。お隣、よろしいですか…?」
するとその男性は、「どうぞどうぞ!」と快諾してくださいました。
安堵と感謝をしながら、私はその隣の席に着きました。

そして、その時はやってきました。
19:30。柴田敏孝さんは、控室のドアから姿を現しました。笑顔でやわらかく、気取ることなく、けれどはっきり意志を持っていらっしゃる印象を、ファースト・インプレッションで感じました。

ご挨拶、MCから始まり、いよいよピアノ演奏。

感じたことは…。
柴田さんの、【魂(ソウル)】と、【計り知れぬ才能・努力】と、【非言語的なもの(例えば「祈り」「願い」「象徴」など)】。
一曲目、二曲目、三曲目…。
聴けば聴くほど、もっと、もっと聴きたくなる。
「この方」がどのような人なのか、知りたいという気持ちを止めることが不可能になっていきました。

本当に「手」「指」だけで(ピアノと接している身体の部位としては)奏でているのか。

いや、違う。

この方は、ご自身の髪の毛一本から足の先まで、ピアノの響きと鍵盤と、この空間・音色・出逢い・別れ・涙・覚悟・学び・記憶…私の言葉ではとてもではないが書き表せないほどのものを抱きしめて、噛みしめて、教え教わって…そう奏でているのではないか・・・?

私は、そのようなことを柴田さんのピアノを奏でている姿から味わい、また想像が膨らんでいきました。実際にそうであったとも思います。

一番前の中央の席。
そこからは、はっきりと、柴田さんの打鍵する手・指・全身。吐息、顔の表情。曲に込めた想い。それらをこの目で捉えることができました。

第一部が終わって、一旦休憩の時間がやってきました。
私は、お隣に座られている、その相席を譲ってくださった男性に思わず話しかけました。「今、話しかけてもよろしいですか?」と、勇気を出して。

貫禄があり、紳士的で、大きな拍手で柴田さんをねぎらい、喜び、応援しているその方に、どうしても「この今、この瞬間。」お話をして、この時を共に過ごしたいと思ったからです。その方は、柴田さんの演奏中に、紙とペンで何らかを書き取り、そしてアナウンスから撮影の許可が出た際には一眼レフカメラで柴田さんをしっかりと構えて、撮影されていました。

柴田さんを知ったきっかけ。音楽について。私が歌うことが好きなこと。高速バスの切符はこうやって買うとお得だよね、なんていう他愛のない話まで。
そして、わたしはプロの歌手を目指していることもお話しさせていただきました。

すると、その男性は「(あなたの)歌を聴いてみたい」と。そう仰ってくださいました。私は喜んで、SNSと連絡先を交換しました。

音楽で、人と人とが繋がっていく。こんなに素晴らしいことが、私にとって他にどれくらいあるだろうか・・・。

TAKUYAさん⇔私⇔柴田さん⇔私⇔柴田さんのお客さん⇔私・・・。

これは…。涙が流れます。
「繋がる」って、
こういうことなのではないか、と。

そして始まった第二部。
涙がもう、ツー・ツー…と流れ零れて、仕方がありませんでした。鼻水さえ出てきました。敢えて、演奏が終わるまではふき取りませんでした。
流れたままで、良いのではないか。言い換えれば、許されるのではないか。許されたい。身を委ねたい。そういった気持ちでした。

かけていた眼鏡も、もうそれからは外して、にわかにぼやけた視界で、だけれどしっかりと、最後の一分一秒、鍵盤の音が鳴り終わったあとの余韻、その空間の目に見えない、耳では聴こえない音まで・・・。堪能しました。

なんてことでしょうか。
私には何が起きていたのか、何が起こっているのか…まだ理解が追い付いていないところもあると解釈して、確信しています。

MCで、柴田さん自身について、語ってくださった場面が幾度かありました。
・北海道出身であること。
・幼少期の故郷のカリオンの鐘と、住んでいた故郷の海に沈んでいく太陽をイメージ、思い出しながら作った曲のこと。
・昔は金銭的にも辛いときがあり、ピアノを購入するお金がなく、音楽の学校(高校)でピアノを早朝5:30から、練習室が閉まる20:00までひたすらピアノを弾いていたこと。
・その学校の警備員さんにとても可愛がってもらい、サッカー観戦に連れて行ってもらったり、カラオケに行ったり、その警備員さん自身も音楽が好きでエレキベースを弾き、一緒にピアノとで弾いてセッションしたこと。
・音楽(ピアノ)をやっている理由。柴田さん自身を救うため、そしてそのピアノの演奏を聴いた人が少しでも救われたらそれはまた柴田さん自身も救われるということ。
・柴田さんは、ピアノに「教わっている」ということ。柴田さんが「こう弾く」と、ピアノが「こう弾きなさい」と、また逆も然り…と、柴田さんとピアノは「教え、教わっている」ということ。

このようなことを、柴田さんはお話しして、私たちに教えてくださいました。


私は、、、。
人生に絶望したことが、きっと数えきれなく、あります。
本気で命を絶とうとしたことも、あります。

だけれど。
今。この記事を書いている、キーボードを打っているこの瞬間も。
私は、間違いなく、

生きています。

そして幸せです。

さらに言うと、楽しいです。

多くの言葉は要りません。それを感じられていれば、充分です。

柴田さんの演奏がすべて終了し、柴田さんがお客さんの皆さんとお話を直接したり、写真を撮っていいという時間が始まりました。

私も列に並び、お話しをさせていただきました。
緊張しました。けれど勇気と誠意をもって、
「私は柴田さんと今日が初めましてなのですが、演奏とても素晴らしかったです。ギタリストのTAKUYAさんから柴田さんの存在を教えていただき、この地に来ました。私は普段歌をうたっていて、技術としてはまだまだなのですが、柴田さんに少しずつ(恐れ多いですが)近づくことができるよう頑張ります。いつか音楽でご一緒できるように頑張ります。」と伝えました。

そうすると柴田さんは、
「ありがとうございます!」と、あちらから手を伸ばして握手してくださいました。その手は、なめらかで繊細で、その繊細さと覚悟みたいなものが張り巡らされているような感触でした。
「TAKUYAさんが僕を可愛がってくださっていて、いろんな方に良く言ってくださっているのは、僕の耳にもよく入ってくるんですよ~。」と、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに、自信をもっているような感じで、仰っていました。

そして、許可を得て写真をツーショットで取らせていただきました。SNSにその写真をアップしていいのかも併せてお訊きしたところ、OKということだったので、こちらに写真をアップさせていただきます。

その時の写真がこちらです。


左:柴田敏孝さん 右:AKIKO

感無量です。

そして家に帰った後、その夜。
Xのスペース機能で、私はTAKUYAさんとお話をすることができました。
TAKUYAさんは、「(トシが)すごかったでしょう。」と私に言い、私は「はい、とても素晴らしかったです。」と答えました。そして、TAKUYAさんは私に「伝えてくれてありがとう。」と言ってくださいました。
その「ありがとう」は、二つの意味があるのではないか、と感じてしまいました。一つは、「(トシに)俺がトシを認めていて、すごいと思っていることを直接伝えてくれてありがとう」の意味。もう一つは、「その素晴らしく思った感情・経験を俺(TAKUYAさん)に伝えてくれてありがとう」の意味。
後者の意味は、おこがましくも率直に私が捉えさせていただいた意味です。

書き記したかったことは書くことができたと思うので、今回はこのあたりでこの記事の執筆を終わろうと思います。

このブログを読んでくださっている、たった今この文字を読んでくださっている、あなた。私の知っている人かもしれないです。また、話したことも、会ったこともない人かもしれないですね。それは、どちらも、私は心から、全身全霊で嬉しいです。ありがとうございます。

私と、あなたと、世界に愛と感謝と、祈りと、尊敬の念をもって。

最後までお読みいただき、本当に、ありがとうございました。

またお会いしましょう!







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