見出し画像

[秋帽子文庫]蔵書より_忘れられた帝国

ちょっとすみませんごめんなさい。夏が来るの早くないですか?毎日の仕事場からの帰り道、フェイスタオル3本を使いながら、ようやく家までたどり着いています。
どうもお久しぶりです。もう2022年の7月になりましたか。ずっと『トンネル』の続きを作ってます。楽しい時間が過ぎるのは早いですね。
しばらく記事を公開していない間に、noteのエディタが変わってしまいました。新しい仕様を探りながら、この記事を書いています。秋帽子です。

一昨日のことです。
ツイッターから通知が来まして…。何やら「ゲーム」に関する話題を知らせたいようなんですね。
しかし、内容を読んでみると、ロシア軍に占領されているウクライナの港で爆発があったというニュースに、著名な軍事研究家が「まーーた?」と驚いてみせたツイートではありませんか。全然ゲームじゃないよ。通知作成AIには、これが「ゲームっぽい」と判断されるのですね。
この通知を見た直後は、湾岸戦争の頃に人気があった「ゲームと現実の混同」というステレオタイプなメディア批判が頭に浮かび、残念な気持ちになりました。AIの未熟さが、「戦争報道の映像を見て『ゲームみたい』と(そういう刺激的な言い方をすれば、親が反応してくれそうだから)言ってしまう子ども」を思い起こさせたのでしょうか。
しかし、2日経った現時点で、改めて考えてみると、そんなに否定的にとらえる必要はないのかもしれません。

というのも、最近私が遊んでいるゲームも、現実に存在していた国家や文明の興亡を題材にしたものなんですよね。
このゲームが、細かいところまで良く作りこまれているのです。そこで、私はただルールに沿ってクリアを目指すだけでは物足りず、モデルとなった人々の歴史や文化について勉強を始めてしまいました。
結果として、ゲームに出会う前よりも、私は国家や文明、戦争について、ずいぶん深く理解することができたのです。現在のロシアについても、今ウクライナを攻撃する理由、「兄弟」と呼んできた人々から本気で嫌われてもいいと考えているらしい事情、さらに、北欧の国々がNATOに加盟しても、さほど気にしていない様子などについても、なんとなくわかってきた気がします。そうした発見のきっかけになったのは、ゲームなんですね。文学やドキュメンタリーじゃあ、ないのです。
そうすると、黒海沿岸での爆発事件を「ゲーム」に分類したAIは、意外と慧眼だったのかもしれません。筋は悪くないエラーだった、そう解釈したほうがいいのかも。

それでは、いよいよ当文庫の蔵書を紹介しましょう。
ビリー・ジーン・コリンズ著『前2千年紀のヒッタイトの歴史と文化 忘れられた帝国への扉』です。
原著の刊行は2007年ですが、日本語版の初版発行は2021年6月30日ですから、日本語で読めるヒッタイトの資料としては、最新の研究が反映されたものといえるでしょう。

実は、私は今、「old world」というゲームで遊んでおります。
元々このゲームは、古代オリエント世界を舞台に、バビロニア、アッシリア、ペルシア、ギリシア、ローマ、カルタゴなどの国々が覇を競う、「4Xストラテジー」と呼ばれるジャンルのゲームです。
このジャンルを世に広めた名作「シヴィライゼーション4」のデザイナーが制作しており、その筋のマニアには注目されていたようです。
とはいえ、なにぶん英語表記であり、ジャンルの性質上ルールが細かく、専門用語が頻出し、さらにイベントメッセージも長文です。このため、平均的な日本のゲームファンが遊ぶのには、いささかハードルが高いと思われてきました。
ある程度歴史知識に詳しい人であっても、たとえば、「キュロス王」というギリシア風の呼び名で知られるペルシアの大王クールシュ2世が、英語では「サイラス」になってしまうので、馴染みの固有名詞がわからず感情移入も難しいのですよね。
しかし本年5月、本作がPCゲームプラットフォーム「steam」にて発売されるにあたり、正式に「6月には日本語にも対応する」とアナウンスされました。ナニ!?それなら話は違うヨ!!しかも、テスト版(ベータ)では、すでにかなりローカライズが進んでおり、発売直後から9割がた日本語で遊べるというではないですか。
この発表を受けて、日本語対応の戦略シミュレーションゲームに飢えていた人々が盛り上がり、私もその一人であったわけです。
この記事を執筆している2022年7月1日現在、いよいよ、そのローカライズ作業の完了が正式に発表されました。テスト版では本日から、正式版でも「来週早々には」完全日本語によるゲームが楽しめるそうです。いやあ、長生きはするものですねえ。

さて、そこでようやくヒッタイトの話になります。
この「old world」steam登場の際、新規に追加された要素はローカライズだけではありません。
プレイヤーが操作できる国の一つに、我らが「ヒッタイト」が追加されたのです。アナトリア地方(現在のトルコ共和国付近)を地盤としたヒッタイトは、エジプトなどに比べると謎の多い、短く言えばマイナーな文明ですが、一時期軍事的に強大となり、馬と戦車と鉄器で大暴れしたことで有名です。
さらに、私個人の興味関心でいえば、カッパドキア周辺に埋もれている古代の地下都市群のうち、最も初期のものは、このヒッタイト時代に遡るとか…。まあ真偽のほどはわかりませんが、将来はトンネル都市建設の祖とされる可能性も絶無ではありません。どうやら王墓が未発見らしいんですよね。もしや、知られざる地下都市が眠っているのでは?
そんなわけで、ゲームを楽しむついでに、この機会にヒッタイト文明にも詳しくなろう、というわけで、本書を購入した次第です。
私はオリエント古代史については全くの門外漢ですが、本書は専門的な内容を丁寧に解説しており、また訳文も読みやすく、(聖書の記述に関する細かい議論をしている箇所を除いて)特に支障なく読み通すことができました。
この記事では、あくまでゲームに関連するところから、本書で気付いた点を報告していきたいと思います。

まず、ヒッタイトの人々について。
彼らは自分たちを「ハッティ」と称していたらしいです。メソポタミア由来の楔形文字を用いて、古い形の印欧語であるヒッタイト語のほか、当時の世界共通語であったアッカド語の文書も書き残しました。さらに、土着のルウィ語という別の言葉も、象形文字を使って表現しています。
ゲームで初代指導者となるハットゥシリ1世が即位したのは、およその年代で紀元前1650年頃のこと。日本古代史の感覚とはあまりに違う、想像できないほどの大昔ですね。
ハットゥシリ1世はハットゥシャ(発音上「トゥ」は伸ばさない)を都として、東西の部族や小国家を服従させ、交易路を確保し、奴隷を解放し、法典や司法機関を整備しました。つまり、ゲームの序盤でプレイヤーがやるようなことは、全部実際にやっていたわけです。属国の王に送った手紙も残っていますが、比喩表現なども駆使して、けっこう読ませる内容です。いやいや紀元前17世紀ですよ。どういうこと?目が回りますね…。

ハットゥシリ1世痛恨の失敗は、後継者に恵まれなかったことです。息子や娘たちには次々に裏切られ、孫のムルシリを後継者に指名します。
なんとこの継承規定は、「old world」にも、6月22日のテスト版アップデートで反映されました(もともと、2人の息子と娘から孫ムルシリに至る系図はきちんと設定されていたのですが、彼が最初から後継者となるよう調整されたのです)。そんな細かいところまで、歴史的事実を踏まえているわけですね。
即位したムルシリ1世は、バビロンにまで遠征し、ハンムラビが建国したことで有名な古バビロニア王国を滅亡させています。ちなみに、この遠征は、私が30年前に使っていた受験参考書に載っているほどの大事件です。著名な人物であるがゆえに、継承順でもしっかり表現したわけですね。
とはいえ、ムルシリは遠征から凱旋した後、反対派に暗殺されてしまいます。簒奪者たちには十分な力がなく、王国は存続の危機を迎えてしまいます。
このように、指導者の継承時に危機が生ずる様子は、「old world」でもしっかり再現されており、短命の王様が続いたりすると大変です。継承順でムルシリを優先されるのは、プレイヤー的にはあまり嬉しくないのですよね…。この点で、シヴィライゼーションシリーズとは異なるゲーム性を生み出しています。
制作者たちのこだわりを読み取れるようになるのも、本書で歴史を学ぶ楽しみの一つですね。

さて、その後王国は危機を乗り越え、紀元前14世紀頃のシュッピルリウマ1世の時代から、いわゆる「ヒッタイト帝国」の時代を迎えます。
シュッピルリウマ1世は、エジプトの女王から息子を自分の配偶者に欲しいと言われるほどの大王でした。
その後ムワタリ2世の時代に、いよいよヒッタイトの歴史で最も著名な、エジプト新王国との軍事衝突「カデシュの戦い」が起こります。ヒッタイト側は上手くエジプト軍先鋒を戦場に誘引したものの、激戦となり勝敗は決しませんでした。この紛争は最終的に、ムワタリ2世の弟で、ムワタリ2世の死後その後継者を倒して即位したハットゥシリ3世と、エジプトのラメセス2世の間で「条約による同盟関係を結ぶ」という形で解決されます。「世界最初の平和条約」などと紹介されることもある事件です。この条約、法文が詳細に作りこまれているうえに、実際によく順守されたようで、この時代すでに一種の「国際法秩序」が成立していたことがうかがえます。
おそらく、ヒッタイト側でもエジプト側でも、これに先立つ「条約による平和」の実績が周辺諸国との間で積み重ねられており、その経験が活かされたのではないでしょうか。
この条約締結後まもなく、ヒッタイトは衰退期を迎えます。苦しい時期に、エジプトから医者や大量の穀物を送ってもらううえで、この条約による同盟関係は、ずいぶん助けになってくれたようです。
現代の緊急支援物資を思い起こさせますが、条約の締結は紀元前1259年ですよ…。まだ青銅器時代なんですよ。一体どうなってますのん??凄いですねえ。

本書を元に、ヒッタイト王としての理想的なロールプレイをイメージしてみましょう。
ヒッタイトの王は、まず軍事指導者であり、しかも陣頭指揮を原則としました。ムルシリがバビロンを攻略した際には、自ら軍を率いて現地に遠征したのです。源頼朝のように、弟たちを派遣して本拠地で報告を待っているというのは、ヒッタイト王の流儀ではありません。
ですからゲーム的には、外征に向かうユニットには、必ず王を将官として配属することが推奨されます。

また、王は、自国の領内では、正義と慈悲の実行者でなければなりませんでした。ハットゥシリ1世治世の年代記にはこうあります(本書104ページ)。

---以下、引用---
私、大王、タバルナは、(敵の)奴隷の少女の手をひき臼から取り、その(男)奴隷の手を鎌から取り、彼らを税と賦役の義務から解いた。私は彼らの帯(足かせ?)を解き、彼らを我が女主人アリンナの太陽女神に委ねた。
---引用終わり---

もうプレイヤーにはお分かりですね、「労働」技術の研究を終わらせたとき、選ぶべき法令は「解放」一択です。命令書が余分に欲しいからといって「奴隷制」を選んでしまった場合、神罰により、反乱続発で国が滅びることになるでしょう。

さらに、王は司法の長でもあり、「理論上は支配地の全臣民が王の法廷を頼ることができた」そうです。
隣国アッシリアのように恐怖で支配するのではなく、法秩序を重視したことも、ヒッタイトの大きな特徴といえるでしょう。
たとえば、ヒッタイト法では、商人の殺害に対する罰則は銀4,000シェケルの支払いでした。商人が通る地域や町には安全確保義務があり、罪人が逃亡した場合などには罰金を支払う責任があったそうです。「ハンムラビ法典」などとは異なり、王の権威を称える前文などはありません。極めて実際的・実用的な法文書なのです。多民族の往来する土地柄からか、性犯罪の構成要件も詳細でした(さぞかし様々な「やり方」が文化衝突を引き起こしたのでしょうね…)。ゲーム中では、性的に奔放な王族がトラブルを起こすイベントがありますが、ヒッタイトの指導者としては、理性的かつ慎重に対処する必要がありそうです。
さらに本書には、「古代近東で発見されている全条約文書の約半分はヒッタイトで作成されたものである」との記載もあります(121ページ)。
戦車と鉄器で知られた帝国は、実はオリエント随一の法治国家でもあったのです。

いかがでしょうか。
宗教や芸術、葬祭儀礼、建築など、紹介したい項目は他にもあるのですが、だいぶ長くなりましたので、この記事はここまでにいたしましょう。

それでは、私も「7月中に続編公開します」と予告させていただいて…。
さあ、急いで帰宅したらsteamの更新を反映し、完全日本語対応の新しいヒッタイト王国を建国するゾ!
では近いうちに、また。

2022年7月1日
秋帽子

〔蔵書データ〕古代史、old world、日本語対応助かる
『前2千年紀のヒッタイトの歴史と文化 忘れられた帝国への扉』
著者:ビリー・ジーン・コリンズ
日本語版監修:アダ・ダガー・コヘン
訳者:山本孟
発行:有限会社リトン
2021年
ISBN978-4-86376-088-2


30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.