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茶の記憶

はっとするほど明瞭で、心を打つ。
先人の言葉のなんと尊いことか。
どうか誰かの胸にも、この言葉が届きますように。

***

人は阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)と云(いふ)七文字を持(たも)つべきなり。僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり、乃至(ないし)帝王は帝王のあるべき様、臣下は臣下のあるべき様なり。此あるべき様を背く故に、一切悪(わろ)きなり。
(『栂尾明恵上人遺訓』より引用)

「人は『あるべきようわ』という七文字を心に留めるべきだ。僧には僧のあるべき様(さま)、世俗の人には世俗の人のあるべき様、そして帝王には帝王のあるべき様、臣下には臣下のあるべき様がある。このあるべき様からはずれるから、全てがおかしくなるのだ。」

 はるか昔、時代の変革期を生きた高僧の言葉である。
 俗世を離れた深い山中でひたすら修行に励んだ彼は、一宗を興した訳でもないのに、教えを乞う人が後を絶たなかったという。彼は、『あるべきようわ』という言葉で己の生き方を律していた。

 不思議な響きを持つこの言葉を、ある学者はこう解釈する。
 何もかもを受け容れる『あるがままに』でもなく、端から物事を厳しく切り分ける『あるべきように』でもない。時と場面に応じて、己にふさわしい『あるべきようとは何か』を自問し、導き出した答えに準じて生きようとする。たった七文字にそんな意味をこめたのではないか、と。
 それに、彼は後世で救われようなどと考えていなかったらしい。己の生き方を律する傍ら、自然を愛で、情けを深くし、極めて自然に『今』を生きていた。だからこそ、人々は気取らない人柄を慕ってやまなかったのだ。
 そんな彼は、日本最古の茶園を開いた人物でもある。師が中国から持ち帰った種を植え育て、茶は修行の妨げとなる眠気を覚ますのによいと、衆僧にすすめたのが彼だというのだ。

 ──けれど、本当にそれだけだろうか。

 変化に調和しながらも己を律して生きるというのは、とても簡単なことではない。『臨機応変な自力本願』とはよく言ったものだ。思考の放棄を許さず、己を包む世界に対して耳目を塞ぐことも許さない。それは人の身に余る、まるで聖人のごとき在り様。

 彼は、知っていたのだろう。

 はるか遠い理想にたどり着くには、人には時が必要なのだと。
 人は完全ではない。だが、道には歩き方というものがある。どんなに険しい道も、歩き続けることができればやがてはどこかにたどり着く。焦らず、倦まず、弛まず。長く歩み続けるためには、人には然るべき『休息』が必要なのだ。そのことを知っていた彼は、理想を追うようでいて、誰よりも現実の中に生きていたのかもしれない。

 かの山深い御堂の縁側には、今でも、在りし日の賢者の姿が浮かび上がる。それは、茶の香にくつろぎ、理想の道程で一休みする先人の残像。

 茶の爽やかな渋みの中には、『今』を生きる秘訣が溶け込んでいる。

(※参考文献:河合隼雄『明恵 夢を生きる』)


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