プロ野球におけるAIの活用と未来展望

卒論でプロ野球とAIに関するアンケートを行い、多くの人に協力してもらったのでほぼ原文ママでこちらに公開します。

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要旨

本研究では、プロスポーツ事業におけるAI技術の活用について考察する。戦力向上の面からも、観客動員数・利益の増加の面でもAIを活用していくことは必要不可欠であると考える。今回は主にプロ野球を取り上げ、プロ野球におけるAIの活用の可能性を探る。現在、プロ野球では戦力分析の手段としてAIによる分析は欠かせないものとなりつつある。先行してAIによる分析を取り入れたMLBと比較し、今後のプロ野球についても考察する。また、チケット売買の面でもAIが利用され始めており、転売防止につながると考える。まだまだ開拓が始まったばかりの業界であり、これからさらに企業間で競争が進んでいくだろう。

目次

はじめに

1章 現状のAIとプロ野球の関係性
第1節 戦力分析の例
第2節 分析データの提供例


2章
第3節 プロ野球ファンとAIの現状
第4節 MLBにおけるAI活用

3章 今後の活用予測
第1節 戦力分析におけるAIの今後
第2節 プロスポーツビジネスにおけるAIの今後

おわりに

参考文献

1章 はじめに


昨今のプロスポーツ事業において、戦力向上の面からも、観客動員数・利益の増加の面でもAIを活用していくことは必要不可欠である。今回はプロスポーツ事業の中からプロ野球を取り上げ、プロ野球におけるAIの活用を考察する。
古田敦也擁する野村ヤクルトが「ID野球」を武器に14年ぶりにリーグ優勝、西武との熾烈な日本シリーズを繰り広げ、1990年代ヤクルト黄金時代の1ページ目となった1992年から30年近い日々が経った。まだ当時は物珍しかったデータを駆使した戦術も、データ分析技術が発達した現在はなくてはならないものとなった。スコアラーのメモやVHSの映像を分析していた野村ヤクルトから時代は進み、現在ではフォーム分析・回転数の分析などに使用されるトラッキングシステムを始めとしたAI・人工知能(以下、AI)による分析がプロ野球界から切っても切り離せないものとなった。
本論文では、まず現状のAIとプロ野球との関係性を明確にする。また、チームの戦力向上目的としてのAIだけでなく、商業ビジネスとしてのプロ野球におけるAIの活用事例と今後の展望について論じていく。
また野球というスポーツの特性上、膨大なデータを手作業・人の目で判断しなければならないことが多く、AIを生かし切れていないのではないだろうか。観客動員数の増加という点では、AIがチケットの値段を判断する販売方法(ダイナミックプライシング)などが導入され始めているが、話題性はあってもまだまだ普及はしていない。また、スポーツ紙を買わないと結果が追えない時代は終わり、インターネットで簡単に詳細なデータを閲覧できるようになった現在では、膨大なデータを個人が分析することも可能となった。球場での現地観戦だけでなく、AIによる結果や配球の予想を見ながらテレビでの野球中継を楽しむ、という新たなスポーツ観戦のスタイルも生まれ始めている。
そこで、野球の技術・AI分析の技術共に日本に比べ先進的な技術革新が行われているMLBを参考にして日米比較を行いながら、今後のAIとプロ野球との関係性、AIの可能性について将来を展望していきたい。

2章 現状のプロ野球とAIの関係性


第1節 戦力分析の例
プロ野球とAIの現状を説明する上で、今回はスポーツビジネスを取り扱うライブリッツ株式会社が提供するトラッキングシステム「Fastmoiton」を取り上げる。 このシステムでは日本球界では取得できていなかった守備や走塁動作等のデータ化に初めて成功した。各球場に設置している専用のカメラで試合を撮影し、その映像をデータ化して分析、ピッチャーやバッター、キャッチャーなどそれぞれのポジションが守っている位置をキャプチャーして、選手が試合中どう動いていたかというのを細かくデータ化しているという。
昔から野球界では一番守備ができない選手がライトを守る、いわゆる「ライパチ」と呼ばれる文化が存在したが、各ポジションが一年間でどれだけ走ったかなどをデータ化できるようになったため、最も走行距離が長いのはセンターやライトで、サードは実はファーストより動いていないといったことが明らかになり「ライパチ」は過去の概念となった。また、選手の動きをすべてデータ化できるようになったことから、ヒットのときにきちんと外野の選手がカバーに入っているかどうかなど、ボールの動きとは直接は関係ない時の守備の評価もできるようになった。
さらに、データを活用することで、チームのポジション別に強いところと弱いところがわかるため、二軍選手の中で活躍できそうな選手がいるかどうかを確認でき、トレードなどの戦力補強の際の資料にも使用することができる。次世代を育てる、チーム強化の計画を立てるといった戦力分析にも利用することができる。
実際、今回取り上げた福岡ソフトバンクホークスの2020年シーズンで言えば、栗原陵矢選手や周東右京選手のように強力な現有戦力のアシストをFA(フリーエージェント)などの外部補強ではなくファームで育てた選手で行えており、またチームの軸である千賀滉大投手、甲斐拓也捕手のバッテリーは育成契約出身の選手であり、黄金時代を築きながらも理想的な世代交代に成功しているといえる。

第2節 分析データの提供例
次に、AIを利用したファンへのサービスを紹介する。ライブリッツ社が2021年6月20日からサービス提供を始めた「Fastmotion V3」である 。このサービスでは、選手の運動能力やプレーの迫力を、客観的なデータと視覚的にわかりやすい映像で入手することが出来る。例えば打撃では打球速度、角度、飛距離、スイングスピードなどのデータが分析でき、投球であれば球速・回転数・回転軸・縦横の変化量などが分析できる。さらに走塁や守備、捕手に特化したデータなども閲覧できる。まだ日本ではAI分析による野球のデータをファンが気軽に閲覧することは難しく、このサービスをきっかけに気軽にファンもデータが閲覧できるようになっていけば、認知も広まり、新たな野球観戦の楽しみが得られるのではないだろうか。

第3節 プロ野球ファンとAIの現状
そもそも、野球ファンは、AIによるデータ分析に関心があるのだろうか。野球ファンの世論を調査すべく、アンケート を行った結果、187件の回答を得ることができた。年齢分布は図①の通りである。御覧のように20代が74%を占め、10代を含めると約85%を占めるなど、若年層の意見を多く反映したものとなっている。

図① 年齢のアンケート結果
(出展)アンケート結果を元に筆者作成。

図①

まず、打率や防御率などの一般的なデータについて問うと、「普段から意識する」「好きな選手や贔屓チームの選手なら意識する」と回答した人が全体の93%を占めた(図②を参照)。
図② タイトルへの関心のアンケート結果
(出展)アンケート結果を元に筆者作成。

図2

やはり、首位打者や最多勝といった分かりやすい昔から馴染みのあるタイトルは多くの野球ファンの楽しみの一つであるといえるのではないだろうか。本塁打王争いはレギュラーシーズン首位攻防戦とは違った盛り上がりがあり、古くは王貞治や野村克也、山本浩二や掛布雅之、落合博満やオレステス・デストラーデ、近年で言えば中村剛也など、ホームランを打てる打者というのは分かりやすくプロ野球界の華であると言えるだろう。またエースピッチャーの称号である最多勝・沢村賞の歴代受賞者を振り返っても稲尾和久や鈴木啓示、あるいは野茂英雄や齋藤雅樹、松坂大輔といった華々しいスターの名前ばかりである。受け継がれてきた主要なタイトルが文字通り選手たちの勲章であり、誰がタイトルを取るのか、というものがファンの大きな楽しみであることは間違いないと言えるだろう。また、昔から楽しまれているコンテンツであるとも言える。
ところが、AI分析に興味があるかを問うと、数字は大きく変化した。図③をご覧いただきたい。
図③ AI分析への関心のアンケート結果
(出展)アンケート結果を元に筆者作成。

図3

「とても関心がある」「関心がある」の数字を合わせても56%と、やはりタイトル争いへの興味と比べるとまだまだファンの興味を惹くコンテンツではないということが分かる。日本のプロ野球においては、まだまだ新しい文化というイメージが強く、プロ野球に関心がある人たちにも浸透していないというのが現状ではないだろうか。

図④ AI分析が必要だと思うかのアンケート結果
(出展)アンケート結果を元に筆者作成。

図4

今後のプロ野球のレベルアップにAIが必要かを問うた図④の結果からも、AIによる分析が必要であるという意見は約44%と少数派であることがわかる。アンケートの最後に設けた意見欄、またTwitterのリプライや、筆者が主催したTwitCasting などでは、「AIを導入することでお互いの技術を磨いて高めあう本来のスポーツの面白さが損なわれるのでは」といった意見や、「そもそもAI分析はそこまで必要ではないのではないか」という意見を得られた。しかし、筆者のこれに対する回答は「駆け引きの面白さは失われず、AIによる戦力分析は必要である」というものである。

第4節 MLBにおけるAI活用
まず前者に対する反論として、アメリカの野球リーグであるMLB(Major League Baseball、以下MLB)の例を取り上げる。MLBではデジタルサービス部門であるMLB Advanced Media(MLBAM)がプレイヤートラッキングシステム「Statcast(スタットキャスト)」を2015年シーズンにMLBのすべての本拠地球場30か所に導入した 。これを契機に、MLBにはデータ革命が起こった。その中でも象徴的な成果として「フライボール革命」が挙げられる。MLBの公式アナリストが、打球の速度や角度、飛距離といったデータとヒットやホームランの関係性を分析し、バッターが好成績を残しているスイートスポットを発見し、この領域を“Barrel Zone“、バレルゾーンと名付けた 。
図⑤ バレルゾーンのイメージ図
(出典)日刊スポーツ

図5

打球の速度と角度で表されるこのエリアは、「時速158キロ以上、角度30度前後」に集中しており、このゾーンに収まる打球は、高い確率でホームランになるのだという。例えば、打球速度161キロで角度27度のバレルゾーンの打球は、52%がホームランとなる一方、同じ161キロでもバレルゾーンを外れる20度になると、3%しかホームランになっていない。
Statcast導入によるフライボール革命はMLBの野球を大きく変え、2017年シーズンのホームラン数は6,105本とMLB史上初めて6,000本を超えた。このように、膨大なデータを扱い分析することが可能になったMLBの野球は、それ以前の野球と比較して1ランク上に進歩したといえるだろう。そしてそのフライボール革命に対抗すべくカーブボールの投球割合が増えるなど、野手の進化に対し投手も進化をしている。
このことから、AIによるビッグデータの分析というものが加わっても、根底にある「投手と野手の駆け引き」という部分は変わらない、むしろ駆け引きのレベルが今までと比較してどんどん上がっている、と言えるのではないだろうか。

3章 今後の予測

第1節 戦力分析におけるAIの今後
今後の日本プロ野球界はどのようにAIと向き合っていくのだろうか。2021年シーズンのパリーグを制覇したオリックス・バファローズが、新たなデータ分析・動作解析システム「ホークアイ」の導入を検討しているという記事がある 。ホークアイは、球場に設置された8台の専用カメラで、ボールなどの動きをミリ単位の正確さで捉えてリアルタイムに解析することができ、投球の速度や回転数、回転の方向や軌跡、打球速度や打球角度だけでなく、選手の動作も記録するなど、さまざまな情報を取得するデータサービスである。
2021年シーズン終わり段階での日本での導入実例は、オリックス・バファローズと死闘を繰り広げ日本一を掴んだ東京ヤクルトスワローズのみである 。大混戦の2021年パシフィックリーグを制覇したチームであるオリックス・バファローズが戦力アップのための新たなデータを得る手段としてAIの分析を利用するという、AIとプロ野球が密接にかかわる時代になっていることを実感させられるエピソードである。このエピソードからも、今後プロ野球のチームが戦力アップの手段としてAI分析技術を使うのはもはや必須になりつつあり、常に新しいデータや情報を得る上で欠かせないものとなってきている。
また、数年前にAIによる野球データ分析の先駆者であり覇権であったStatcastも既に一強ではなくなり、新たな分析システムが生まれ始めている。AIによるスポーツデータ分析業界の競争が過熱してきていると言えるであろう。よって、先述の「AI分析は不必要なのではないか」という意見に対する筆者の回答は「勝つためにはAIによる戦力分析が必要な時代になっている」である。

第2節 プロスポーツビジネスにおけるAIの今後
次に、プロスポーツビジネスにおけるAIの使用の分析である。前述の通り、このようなAI分析のデータを気軽にファンが見れる手段はまだまだ未開拓であると言えるだろう。ただし、筆者が行ったアンケートの結果を参考するのであれば、未開拓であるAI分析データが大勢のファンからの需要が高まっているとはまだ言い切れない状況である。
分析データの提供サービスを行おうとしている企業やAI分析技術を持った企業は、テレビ局や配信サービスにおいて野球中継を行っている企業などにデータを提供することで「AI分析に興味があるプロ野球のファン層」を増やすことで、今後のビジネス展開に繋げていけるのではないだろうか。
また、プロスポーツビジネスにおいて近年AIが使用されている戦力分析以外の面において、「ダイナミックプライシング」が挙げられる 。ダイナミックプライシングとは、販売実績や需要をデータ化し、AIを使って最適な価格を提案するシステムのことである。たとえば、プロスポーツで緊迫した首位攻防戦や人気のあるカードなら価格は上がり、消化試合はその逆になる、というシステムである。
スポーツの競技場は席の中央なのか、通路側なのかで見え方も異なり、需要も異なる。だからこそ各席で価格が変わる、という考え方である。日本のプロ野球球団では5球団が導入しており、今後広がっていくことが予測される。筆者もこのシステムを利用しチケットを購入したことがあるが、自分が行きたい試合が平日かつあまり世間的人気のないカードであったことから、通常の値段よりも安く購入することができた。
このシステムを導入するメリットとして、チケットがオフィシャルな場で需要にあった適正な値段で取引されることが挙げられる。“転売ヤー”という言葉が広がった昨今では、人気のチケットが定価の何倍もの値段で取引されるということが珍しくない。
野球のチケットもその例外ではなく、実際に2021年シーズンに行われた日本選手権シリーズのチケットは定価4000円のチケットが3万円近い値段で取引されてしまっていた例を目にした。レギュラーシーズン公式戦であれば主催である本拠地チームやこの場合は日本選手権シリーズの主催であるNPB(日本野球機構)、またオフィシャルのチケットを取り扱うプレイガイド(ローソンのローチケやセブンイレブンのセブンチケット、ちけっとぴあなど)に入る価格は4000円なのに、それを買えた人が再び3万円で売りに出すことで26000円の利益を得る、というのはあってはならないことである。
チケットの転売対策も進んでいるが、そもそも公式に売り出す値段を変動させることで転売を防ぐ、というのもAIの今後の用途のひとつではないだろうか。チームが強くなったり人気が出たりすることで、チケット単価が上がり収入が増える、あるいは弱かったり人気がなく、余る可能性があるチケットが安く出回ることで、少しでも売れるなら球団としてはメリットになるのではないだろうか。

おわりに

10年ほど前までは「プロ野球」と「AI」が結びつくことはなかなか考えられなかったが、この10年でこの二つが密接な関係になったことがわかる。だが、戦力分析という面においてAIが欠かせないのに対し、スポーツビジネスにおけるAIの活用はまだまだこれから開拓していく必要があると筆者は考える。どちらもまだ企業による競争が始まったばかりのジャンルなので、これからAIが様々な面からプロ野球、そしてプロスポーツ業界を盛り上げてくれることを願うばかりである。


参考文献


(1)AI・IoTの利活用の在り方-米メジャーリーグの「データ革命」に学ぶ(ニッセイ基礎研究所) ―2019年3月29日
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61213?pno=1&site=nli
なお、本稿におけるインターネット情報の最終アクセス日は2021年12月28日である。

(2)オリックス 最先端の動作解析システム「ホークアイ」の導入検討 球の動きだけでなく選手の動作も記録(Yahooニュース) ―2021年12月18日
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c2605eb506ed99d2a8564dd48bf02fca6600014
(3)球団の勝利を支えるAI技術。”野球選手トラッキングシステム”が作り出すスポーツ×テクノロジーの未来 ―2019年6月29日
https://ampmedia.jp/2019/06/29/sp-laiblitz/
(4)個人で行ったアンケート調査 調査期間は2021年5月18日~5月24日で、Googleフォームを利用。Twitter等で投票を呼び掛けた。
https://docs.google.com/forms/d/1X2SDMxi8fMqNhUZPcTPCCD6JtAwBR0_NeWvGKXr9QWs/edit#responses
(5)長打率高くなるバレルゾーン/フライボール革命(日刊スポーツ) ―2020年4月14日
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202004140000027.html
(6)プロスポーツ変える「価格ビジネス」 チケット代の秘密(朝日新聞) ―2021年7月27日
https://www.asahi.com/articles/ASP8V4HL2P8GULFA005.html
(7)プロ野球 ヤクルトだけが導入!動作解析 “ホークアイ” とは!?(NHK) ―2021年11月26日
https://www3.nhk.or.jp/sports/story/24552/index.html
(8)ライブリッツ プレー映像をAIで解析し打球や動作の軌道をビジュアル化する「Fastmotion V3」サービスイン ―2021年6月20日
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000032744.html


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