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雑居ビルを眺めながら 6

空いている席に腰掛けると、全面ガラス張りの窓の向こうを眺める。目はしばらくビルとビルの間の空をさまよって、そしてある一点へ吸い寄せられる。また、見てしまった。

ビルの屋上に大きな木が生えている。たぶん、鉢植えじゃないと思う。たぶんというのは、そこに行ったことがないというか、行くことが出来ないからだが、あの大きな木が到底、鉢に植わっているとは思えない。おそらくマンションであろう建物の、最上階のベランダ。決して立ち入れない場所として、道路一本隔てたカフェ越しにそれを眺めている。もうずいぶん長いこと習慣になってしまった。

今時、ビルの上に木があることなど驚くことではないし、ビオトープは屋上を含め街のあらゆる場所に設置されている。ビルにとって、これまで日差しや雨風により劣化ばかりをもたらしていた自然を、今度はビル自身が纏うことによって共存していく。新しい街の設計図は、身体感覚に大きな変化をもたらすだろう。その時、雑居ビルはどんな佇まいを見せるのだろうか。街の変化は、社会のひずみを如実に物語る。

それにしても、今見上げているこの木は、どう考えてもビオトープとは程遠い、一住人が植えたに過ぎないものに見えるのだが、どうだろう。根っこが伸び、今にもマンションを侵食してしまうのではないか、とさえ思う。あくまでも想像に過ぎないのだけれど。自然の持つ暴力性をどうしても拭うことが出来ない。

とはいえ、それもまた勝手な想像で、木は穏やかに枝を揺らしている。経年劣化による壁の延長線上、空に近いその場所には一体どんな風が吹いているのだろう。

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