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納豆のスピーチ原稿を書きたい

満場の拍手の中、キラキラ光る細い糸を風になびかせながら、ゆっくりと納豆が壇上に上がる。鳴り止まない歓声。口笛。大勢がうごめく時の独特の空気の揺らぎ。

それらが静まるまで、あるいは聴衆の準備が整うまで、納豆は何も言わず立ち続ける。整然とマイクの前に立ち、どこも見ていない目でまっすぐに前を見つめ、人々が互いの騒音では無く彼の言葉を聞こうとするまで、30秒、60秒、2分、待ち続ける。

聴衆が隣席の呼吸の音を聴き始めた頃、彼は話し始めた。


皿に盛られたんです。

私が藁の家から出てきてすぐのことでした。私はすぐに、私とそのほか何十人という兄弟と共に、1つの皿に盛られました。

そのことは覚悟していました。藁の中で育っている時から、いつかこういう日がくる、いつかこの暮らしは終わってしまうと、そういう覚悟をしていました。

兄弟達もみんな覚悟を決めて、目をつぶって食べられる時を待っていました。みんなでかたまりになって「美味しくなろう!美味しくなろう!」ってそう叫びながら震えていたんです。

私もその中の一人でした。丸いお皿の中の、何十人っていう兄弟たちの中にうずくまって同じように叫んでいました。

その時。誰かに呼ばれたような気がして上を向いたんです。今思うと本当にただの気のせいだったと思います。周りは「美味しくなろう!」の声が響いていて、誰かに呼ばれても気づくはずもありません。でもその時は、よく知っている誰かに呼びかけられた気がしました。

上の方をふっと見ると、白くて大きなものがあったんです。本当に真っ白で、定規で測ったように綺麗な形をしたものが。最初はなんだかわかりませんでした。でもその中の1つが、角っこの1つが、私を読んでいるような気がしたんです。

その、白くて四角くて、なんだかもう食べ物じゃないようなものが、私の知っている誰かだったような気がしたんです。そして私がそれを見てると、それに上の方から赤黒くて臭いの強い液体がバシャっとかかりました。

その瞬間、私は理解したんです。あれは兄弟たちだと。もう、ぜんぜん、顔も形もないけど、どうしてそうなったのかも全然わからないけれど、あれは兄弟たちだと。

同じ畑で育って、同じ太陽を浴びて、同じ風に吹かれて、凍えたり、病気に怯えたり、虫に食われたり、そういうことをした兄弟たちなんだと。

私は逃げ出しました。逃げて逃げて、そしてここまできました。それだってわかりません。私はあそこで食べられるべきだったのかもしれません。それでも、私はここにこうしていられることを、とても誇りに思っています。


会場が揺れる。誰かが地面を鳴らし始め、瞬く間に全体がそれに呼応し始める。振動は全てを包み込み、やがて聴衆と彼らは一体となっていくのだったー



「きな粉できた?」

「いま作ってる」



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