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共通テスト2023年日本史B撰銭令の問題

6月30日、大学入試センターから令和5年度大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書が発表されました。今年度は、設問ごとの正答率のデータも公開されています。

その中で特に目を引いたのが、第3問中世史の問3撰銭令に関する問題です。正答率が9%とものすごく低い。そして、この問題に対する評価と意見に違和感を感じたので、ここで記事にしようと思いました。

どのような問題だったのか

どのような問題だったのかというと、1500年、室町幕府が京都で発令した撰銭令(史料1)と、1485年に大内氏が山口で発布し、1500年においても有効だった撰銭令(史料2)の2つの史料によって分かることを述べた4つの文の正誤の組み合わせを判断する問題です。

大学入学共通テストになってよく出題されるようになった、現代語訳された史料を読み取る問題です。古文が読めないから答えられないという言い訳ができない、読み取りの問題です。

解答解説

まず、最初の2文について判断します。

a 使用禁止の対象とされた銭の種類が一致していることから、大内氏は室町幕府の規制に従っていたことが分かる。
b 使用禁止の対象とされた銭の種類が一致していないことから、大内氏は室町幕府の規制に従ってはいなかったことが分かる。

大学入学共通テスト日本史B(2023年本試験、問題番号14)

使用禁止の対象とされた銭について史料から考えます。
史料1では「日本で偽造された私鋳銭については、厳密にこれを選別して排除しなさい」とあり、史料2では「さかい銭・洪武銭・うちひらめの三種類のみを選んで排除しなさい」とあります。このことから、使用禁止の対象とされた銭の種類は一致していません。
ですから、bの文が正文と分かります。こちらについては、間違える人は少ないのではないかと思います。

次の2文について

c 永楽通宝は京都と山口でともに好んで受け取ってもらえ、市中での需要が高かったことが分かる。
d 永楽通宝は京都と山口でともに好んで受け取ってもらえず、市中での需要が低かったことが分かる。

大学入学共通テスト日本史B(2023年本試験、問題番号14)

永楽通宝が好んで受け取ってもらえていたのか、そうではないのかを史料から考えます。
史料1では「永楽銭・洪武銭・宣徳銭は取引に使用しなさい」とあり、史料2では「永楽銭・宣徳銭については選別して排除してはならない」とあります。
永楽銭を「使いなさい」「排除してはならない」と命じていると言うことは、当時は使われず、排除されていたということがわかります。
ですから、正文はdです。

なぜ正答率が低かったのか

多くの受験生はcを正文と判断してしまったようです。
それは、撰銭令が発布された背景について述べた教科書記述が原因であるように思います。

貨幣は、従来の宋銭とともに、新たに流入した永楽通宝などの明銭が使用されたが、需要の増大とともに粗悪な私鋳銭も流通するようになり、取引に当たって悪銭をきらい、良質の銭(精銭)を選ぶ撰銭が行われて、円滑な流通が阻害された。

詳説日本史(山川出版社、2022年)

この教科書を使って勉強をすると、宋銭や明銭は当時使用されていたと理解するでしょうから、ここで覚えた知識が邪魔をして、史料を正確に読み取ることが出来なかった、または読み取った結果よりも自分が覚えた知識を優先させたために、判断をミスしてしまったのだと思います。

では、永楽銭が使用されていたとする教科書の記述が間違っていたのかというと、そうではありません。山口や京都など西国では、明で支払いの手段が銭から銀に転換されたため銭の信用が低下したことにともなって、明銭の価値が下落していきます。
それに対し、例えば1587年の北条氏の史料では、永楽銭は他の精銭の2倍に評価されているように、東国では永楽銭が高い信用を得ていたのです。(参考文献:久留島典子「一揆と戦国大名」『日本の歴史第13巻』講談社)

この問題は日本史の授業で学んだ知識のみを問う問題ではありません。
設問に「史料1・2によって分かることに関して述べた後の文」とあるように、史料を正しく読み取ることができるかを問うている問題なのです。
選択肢の文は「永楽銭は・・・受け取ってもらえず、・・・が分かる」と、前半が史料から読み取ったこと、句読点以降の後半が読み取った事実から分かったことという構成になっています。ですから、この問題は文の前半部分が史料の内容と照らし合わせて正しいのかどうなのか、そして前半部分を根拠にして後半の分かったことが表現されているのかを判断しなければいけないのです。

問題評価・分析委員会報告書の意見に対する違和感

さて、冒頭で紹介した問題評価・分析委員会報告書では、高等学校教科担当教員の評価として次のように意見がなされています。

史料の読解を通して得た情報のみを用いて判断するのか,学んだ知識と得た情報を結びつけて判断するのかについて,受験者が明確に判断できる設問文または史料の工夫を再考していただければ幸いである。

令和5年大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書

問題文に「史料1・2によって分かることに関して」とあるのでは、不十分ということでしょうか。問題文の指示は適切なように思います。

教育研究団体の意見・評価では、全国歴史教育研究協議会が意見を述べています。

一次史料から読みとらせるのが共通テストの特徴であるにしても,受験者の学習内容を揺さぶるような出題は避けるよう強くお願いする。全国の正答率が一桁になったことを重く受け止めていただきたい。

令和5年大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書

「受験者の学習内容を揺さぶるような出題は避けるよう強くお願い」という言葉に違和感を感じます。
これは、生徒に教科書の内容を暗記させ、それに合うことしか問題に出すなという意味のように思いますが、私たち歴史を教える教員の1番の課題は、「歴史=暗記もの」からの脱却ではないでしょうか。
史料を読み取り、そこからその時代の様子を自分で組み立てていく学習に面白さを感じさせないといけないのではないでしょうか。
「歴史教育研究」と名乗っている団体が、「歴史は暗記だ」みたいな発言をするのはとても残念です。

私としては、問題文を正しく読み、史料を正確に読み取ることができるように、これからの授業を改善しなければいけない。そう感じました。正答率9%は確かに衝撃的ですが、それは、日本史の学習が暗記中心になっていませんかと私たちに投げかけてくれたのだととらえなければいけないのではないでしょうか。

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