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亡命電子国家 V ~【中編】



〇三年前の出来事

「三年前の日本の議会での出来事です」と李。タブレット見せて言う。「時の内閣総理大臣菅沼健二が、ナノマシン工場の事故の影響によりゾンビになった」
 男の黄ばんだ乱杭歯が、脂がのった中年男の肩口に食い込んだ。噛みつき、食らうようにくい込んだ歯は、周囲の者が必死に引きはがそうとするがなかなか離れない。ようやく外れた口腔には赤黒い肉片を含んだままだった。行儀悪く音を立てながら咀嚼する様子に唖然とする周囲の者に、先程噛まれた被害者が襲い掛かる。目の光は失せ、歯をむき出しにしながら獲物を求める。肌は土気色が染み出しかのように生気を失い、足元もまた覚束ない。だらしなく開いた口蓋から、唾液がどろりと糸を引く。人の形はしている。だが、その尊厳はすでになく、ただただ温かい肉を求める肉人形と化していた。
「何ですか。これは?」大使はそう言うのが精一杯だった。いささか興奮状態で、心拍数が上がり続ける。

〇表向きは

 内閣総理大臣が国会答弁で暴言を吐いた。〝F〟から始まる下品な言葉とその類義語を何度も何度も。そのため、元より低かった内閣支持率はさらに悪化。総選挙により、政権交代を許すはめとなった。その時の映像は今でも動画投稿サイトで見る事ができる。だが、それはフェイクだという。ディープフェイク。かなり巧妙で、李たちも〝日本の友人からの情報提供〟が無ければ気付かなかったという。
 

〇ゾンビの先には

 これはナノマシン〝パターン〟に浸食された影響です。李は淡々と説明する。
 初期型の〝パターン〟はあのような異形な形態を得なければ効果が出なかったようです。一度、ゾンビにならなければ、次のステージ、その人を模したアンドロイドに変化する事ができなかった。ナノマシン〝パターン〟は人間をアンドロイドに変化させるマシンなのです。あらかじめ収取した個人の、その人が本来持つ思考や行動データを注入し、本人にとって代わる……。例えば、私、李が〝パターン〟に感染し、ゾンビになります。その後、安定剤代わりのナノマシンを体内に打ちこむ事によって、私、李本人のアンドロイドが誕生します。ではなぜ、本人が自分自身のアンドロイドになる必要があるのか?
 社会を支配するためです。人間よりも機械の方が御しやすい。何らかの力がそれを求めているようです。あの災害級のナノマシン工場の事故は意図的に起こされた、と党本部は見ています。つまり——。
 日本国民は〝パターン〟によりアンドロイドになり、誰かの支配下にある——。これが党本部が出した結論です。今の敷島は〝パターン〟により作られた機械。偽物です。日本の友人からの情報によると、本物の敷島は心筋梗塞によりすでに他界している、と事です。
 
〇職業センターにて
 
 それは男たちにとって、ルーチンワークの一つに過ぎなかった。
 職業訓練センターに勤める〝同朋〟たちの〝追試〟である。
 センター内の一室に、女たちを、男たちを用途に合わせて集めるのだ。
 男は殴るため、女は犯すためだ。あるいはその逆や両方の時もある。まあ、好みやその時の気分によって、臨機応変に。今日は女たちだ。党の教えを本当に理解しているか試してやる。
 しかし、女たちはいつもと様子が違っていた。「宣戦布告を受理した……」そうつぶやくと、女たちの身体は崩れゾンビになった。そしてさらにその先があった。腐った女たちの肉塊から産まれてきたものは、一人残らず国家主席の形をしていた。

 
【後編へ続く】

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