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脳裏整頓 小説 vol,10

FHB


記者を目指していた2022年のガキの俺から数十年後。小さな出版社だが無事に記者になれた俺は本日、未来創造&人類安寧社(通称F&H)の新製品紹介の会見に会社の代表として同僚の女性記者と参加する。この会社は社名の通り人類の未来にとって有益な事や物を販売して利益を上げている近年注目の会社だ。

「行きましょう、木島さん。」

「はい。よろしくお願いします。」

フォーマルなスーツに身を包んだ女性が綺麗な姿勢で軽く頭を下げた。

「俺は初めてなんだけど、木島さんは一回F&Hの記事を書いた事があるんだっけ?」

「はい。私は近年注目の会社ということで。」

「なるほど。では是非よろしくお願いします先輩。」

「先輩なんてやめてよ。それに正直鈴本さんとご一緒でよかった。実はあの会社なんだか怖くて。」

「怖い?」

「説明するのは難しいんですけど、こう私の知っている人の概念というか人の在り方について違和感があるというか。」

「なるほど。」

「とにかく、行ってみれば鈴本さんもわかると思います。」

2人は小さい会社のビルを出て会場へ向かった。


会場には俺たち2人の他に大手の広告会社や全国放送のテレビ局がカメラやレコーダーを構えていた。俺たちも胸ポケットにレコーダーを入れ、手には手帳を木島さんは一眼カメラを構えていた。

「やっぱり注目の会社の新商品というだけあって、同業者が多いですね。」

「ええ、しかも私が前回来た時より多くなっています。」

「俺たちも負けていられないですね。」

「はい。頑張りましょう。」


互いに鼓舞しあってから数分後、辺りの照明が落とされステージの一点にスポットライトが集まった。とても綺麗なラインに仕上げられたオーダーメイドのグレーの三つ折りスーツを着た男性がマイクを手にライトを浴びる。

「皆様本日は我が社の新製品発表記者会見にようこそお越しくださいました。」

辺りが一斉にカメラのレンズを覗き込む。

「本日プレゼンを担当します田原と申します。」

隣にいた木島さんが小さな声で

「あの人です、前回私が違和感を感じた人。」

それを聞いた俺はじっと彼を見つめた。

「本日はこちらの製品とこの製品を使った新しいサービスを紹介させていただきます。」

田原は数歩後ろに下がり、赤い布を外した。

「ですが商品の紹介の前に、まず皆さんにお聞きしたい事があります。」

俺たちの目の前に大きなスクリーンが上から降りてきた。そこには『人類における幸せとは』と書かれていた。

「皆さんにとって幸せとはなんでしょうか。まあ、いきなりでは少し難しい質問かもしれないですね。では逆に不幸とはなんでしょう。大切な人や愛するペットが亡くなった時、家庭内に問題を抱えている時、理不尽に怒られた時、いじめられた時、裏切られた時、叶わない恋をしてしまった時など、不幸な事はこんなにも簡単に思いつくことができる。しかもそれらを数えていたら枚挙にいとまもない。」

俺は目の前でしゃべっているこの田原という男の木島さんが言っていた怖さが少し分かった気がした。なぜか彼の言っている事は全て真実に思える。まるでそう洗脳されているかのように。

「もしそんな嫌なことを文字通り綺麗さっぱり忘れる事ができたら、不幸なことを記憶せずに生きていけたら、それこそが幸せではないのでしょうか。」

辺りの記者からどよめきが聞こえる。

「まさか・・・。」

「嘘だろ。」

「じゃああれは・・・・。」

「もう察しのいい人は気がついていらっしゃるようですがそうです。この機械は人間の記憶を狙って消せる機械です。そして私たちはこの機械を使った新しいサービスを始めます。」

「記憶を消せる機械の新しいサービスだと・・・・・。」

俺は呆気に取られていた。次元が違いすぎて理解ができない。

「本当にそんなことが可能なのでしょうか。」

1人の記者が手を挙げて質問した。

「ええもちろん。今回実はお越しくださった皆様の中から1人に体験していただこうと思っておりましたので、よろしければ是非こちらへ。」

手を挙げた記者が前のステージへ登っていく。そこに別の記者が手を挙げた。

「私も質問してよろしいでしょうか。」

田原は笑って

「どうぞ。」

と促した。

「過去の記憶を消せば幸せになれると貴方は先ほどおっしゃいましたが、大切な人との記憶などは忘れたくないものでは?」

「確かに大切な人との記憶は宝物です。大切にしたい人も大勢いる事でしょう。」

「ならどうして。」

田原は少し笑って

「でもそれは、その人が生きていればの話です。」

「生きていればですか・・・。」

「はい。確かに生きていればその記憶は宝物です。ですが死んでしまった人との記憶は生きている我々にとって足枷にしかなりません。」

記者からは口々に野次が飛ぶ。

「足枷だと・・。」

「ふざけるな。」

「俺たちの記憶を馬鹿にするな。」

田原はマイクをハウリングさせて周囲を黙らせた。

「では皆さん思い出してみてください。亡くなった方との記憶に後悔はありませんか。本当にその記憶は皆さんのことを支えていますか。」

「どういう意味だ。」

「そのままの意味です。思い出すたびに後悔する事があるのなら、もっとこうしておけば良かったと思うのなら、いっその事忘れた方がお互いにとって有益だと言っているのです。」

「お互いにとって・・・。」

「はい。わかりやすく今度は逆の立場で考えてみてください。皆さんが大切な人を残して死んでしまった。そしてその事で前を向けなくなっている。そこまでして自分のことを覚えていて欲しいですか。本当に幸せを願うなら忘れさせてあげるべきだと思うでしょう?」

確かに田原の言うことにも一理ある。だがどうにも心がそれを受け付けない。それは他の記者たちも同じなようで、辺りはしんと静まり返っている。この静寂はまるで田原の理想を肯定しているかのようだ。

「ではこちらの方の準備に取り掛かっている間にこの機械の使い道を紹介させていただきます。」

田原は手に持っているスイッチをクリックしてスクリーンの画面を1ページめくった。

「まず子供たちに対しては初めに過去のいじめの記憶。こちらは加害者被害者双方に受けていただこうと考えております。」

クリック

「まず加害者には社会に対して優しくなれるように過去の暴力による、ある種の成功体験や自信を忘れて頂きます。」

クリック

「そして被害者には自信をつけて前を向けるようにいじめられた記憶を消します。」

「あの。」

記者の一人が手を挙げた。

「もし学生生活の全てがいじめに関係していた場合は、全ての記憶を消すと言うことですか?」

「それについてはご心配なく。もし一部の短期的な記憶でなく長期的な記憶の場合、記憶を消した後その期間は我々が用意した専用の施設に入っていたことにさせて頂きます。」

「それでは学生生活の醍醐味も無くなってしまうのではないですか?」

「醍醐味というのは一体何か、こちらから質問させていただいても?」

「例えば体育祭や合唱祭などでクラスで協力した思い出、修学旅行での友人との記憶のことです。」

「なるほど。貴方はいじめとは縁遠い幸せな学生生活だったのですね。」

「どういう意味ですか。」

記者は質問の答えが答えになっておらず困惑した。

「理解できていないようなので言い方を変えましょう。長期間苛められていた人間にそんな楽しい思い出がそもそもあるとお思いですか?」

「それは・・・。」

「それに貴方の懸念点は人生において大切ではない。」

田原は質問をした記者の目を見て

「社会に出たら仲間より敵の方が多いのです。協調性も大切ですが自分一人でもやっていける自信の方が大切だと考えますし、修学とついているので特別なものと勘違いをされていますが、旅行くらい人生で行く機会など無限にあります。」

と言って笑った。

「いじめの次は家庭内の問題、特に両親間の喧嘩を優先して消します。」

クリック

「両親とは子供にとって一番身近な大人。つまりは人生モデルです。そのモデルが良い影響を与えられないのであれば要りません。こちらの用意したモデルを使います。」

「はい。」

先ほどとは別の記者が手を挙げたが田原が手を前に出し

「分かっています、モデルについてでしょう。この記憶の穴は理想の大人がいる寮での暮らしにすり替えます。」

田原は水を一口飲んで話の続きを始めた。

「今この国では結婚と離婚はペアになっていると言っても過言ではありません。なぜなら全体の3組に1組は離婚しているのですから。」

クリック

「この図が表しているように、現在多くの子供たちが両親の喧嘩からの家庭内暴力の被害に遭っています。」

クリック

「そんな子供たちを救いたいとは思いませんか?」

確かに助けてあげられるのならもちろん助けてあげたいが、本当にそんな事ができるのかまだ信じられない。

「現在少子高齢化がますます進む日本で子供たちはこの国の希望です。その希望を大切に育て大きく育むのが我々大人の役目だと私は考えております。」

クリック

「我々の予想ではこのサービスでおよそ99%の家庭内暴力の被害に遭っている子供たちが幸せになれると考えております。詳しい事はこちらの記者のモニターさんが体験なさった後でお話しをさせていただこうと思います。」

クリック

「次に大人。こちらは主に自殺願望がある方を対象にしていこうと考えています。理由は先ほどと同様にストレス因子を忘れてお客様の生きやすい世界の手助けをするためです。」

そう話している間に先ほどステージに上がった記者の準備が整った。

「準備ができたみたいなので早速やっていこうと思います。」

田原は機械の赤いボタンを押して起動させた後

「さて、今回貴方が消したい嫌な事はなんですか。」

と聞いた。

「実は今の仕事とは別に憧れている仕事がありまして。」

「それはどんな。」

「私は学生の頃から写真を撮るのが好きでいつか個展を開きたいなと思っていました。でもそれで食っていけるのかと父に怒られ母に泣かれ、仕方なくカメラ関係の会社に入りました。」

「なるほど。」

「でも実際は風景が好きで、世界中で撮った写真を載せた旅ブログで生計を立てたいです。」

「しかし家族を考えると行動に移せないと。」

「はい。父も母も今の会社には少し理解があって。すごく揉めたんですけどなんとかこの会社には入れたんです。」

「では、その揉めた記憶を消してしまいましょう。」

さも簡単なことのように田原は言った。

不安そうな顔でモニターの記者は

「あの、本当に大丈夫ですよね。」

と言った。

「大丈夫とは?」

何が心配なのか田原には分かっていないようだ。

「正直理解できてない事が多くて。消した後の自分と今の自分に違いはないですよね。」

「一部とはいえ記憶を消すのです。何かしらの変化があって当然だと私は思いますが。」

「そんな・・・・。」

田原はモニターの目を見て

「それが貴方の覚悟では?」

と聞いた。

「覚悟。」

「そうです。その覚悟があって貴方は今の両親の反対を押し切って転職をしようとしているのでしょう?」

田原に詰め寄られてモニターとなった記者は黙り込んでしまった。

「その覚悟がなければ今回はやめることをお勧めします。何も私は無理やりにでも使おうとは思っていないので

ご安心を。」

「分かりました。」

そこにはどこか悔しさと安心したような表情があった。

田原の一言で夢を諦められた、そんな表情だった。

「その代わりにアドバイスを。貴方に必要なのはやはり覚悟です。覚悟がなければ結局楽な方を選んでしまうでしょうから。」

「はい。」

記者は軽く頭を下げるとステージから降りた。

「というわけで他に試してみたい方はいらっしゃいませんか?」

しかしこの後で手を上げる者はいなかった。

「あの。」

俺は今見た現状と自分の気持ちを素直に伝えた。

「確かに嫌なことを忘れられるのは素敵なことだと思います。でもみんなが必要としているわけではないと思います。」

「つまり?」

「つまり本当に消してもいいか相談者と話してその上で使うべきだと思います。先ほどの貴方のように。」

田原は俺の目を見て

「面白い意見をありがとう。」

と言ってステージを降りた。

田原は俺の目の前まで歩いてくると

「今の日本人にはこのサービスは必要ないと言いたいのだね、鈴本さん。」

「いえそこまでは言っていません。」

「いや言っていますよ。現に誰も試そうとはしない。」

俺は自分の喉が締まって声が出せなかった。

「では言っていないのなら鈴本さん。貴方ならこのサービスをどう使うのです?」

「そ、それは・・・。」

周りの記者が全員俺を見ている。

「ま、まず子供向けのサービスは確かにそうだと思いました。なので、きちんと話をするというのを前提にこのサービスで自信を持って貰おうと自分なら思います。」

「なるほど。それで。」

「大人に向けては今のところターゲット支持層はそのままで運用方法は先に述べたものと同じでいいと思います。」

辺りがしんと静まり返る。俺はただの記者がなに出しゃばっているのだと急に恥ずかしくなった。

「すみません。記者の俺がなんだか分かったようなことを。」

「いえ、素晴らしいアドバイスでした。」

そういうと田原は真顔に戻り

「付かぬことをお聞きしますが、何か懐かしい感じはしませんでしたか?」

「懐かしい感じですか? いいえ何も。」

「そうですか、失礼いたしました。」

田原の顔が少し笑っているように見えた。

その後田原はステージに戻ると、会見のやり直しを提案した。

「この度は我々の考えが及ばす、お見苦しい結果になってしまい誠に申し訳ありません。先ほど頂いたアドバイスをもとにもう一度考えをまとめさせていただこうと考えております。」

周りに居た記者たちもこの考えに渋々納得し、取材は終了した。


「お疲れ様でした木島さん。」

「そちらこそ、お疲れ様でした鈴本さん。」

二人は帰路についていた。

「結局何がしたかったんでしょうね。」

「そうですね、なんだか未来の為にすごい事をしているというのは分かったんですけど、それ以上は。」

「俺も似たようなものです。同じ感想でなんだか安心しました。」

「確かに。」

「後やっぱりあの田原とかいう男は確かに怖いですね。」

「でしょ、何を考えているのか分からないような。」

「はい。木島さんのいうとおりそんな感じがしました。まるで今回の会見なんてどうでもいいみたいな。」

うちに秘めていた思いを打ち明けたら、なんだか腹が減ってきた。

「木島さんよかったらこの後ご飯にでも行きませんか。」

「そうですね。はい是非。」


「田原さんお疲れ様でした。」

「お疲れ様です。今回のFHWはどうでしたか。」

「まずまずです、あまり上手くはいかないですね。」

「まあ、そんなに上手くはいかないですよ。」

「そうですね。地道にやっていきましょう。」

「それに記憶操作だけはうまくいっているみたいですしね。」

「確かに、あの記者の記憶は完全に消えていました。」

「その節はおせわになりました、林さん。」

「いえいえ、無事に成長できてよかったですね。」

「ええまあ。」

「自分で選んだ結果とはいえ、10年一緒に生活した息子の記憶を改竄した事を今になって後悔してます?」

「確かに当時の自分に相談してやれば手放さなくて済んだかもしれない、息子が言ったようにね。」

「そうですか。」

「でも、あくまで結果論です。あの家庭環境や生活環境で今のように成長ができたのかは分からない。」

「貴方は発明。奥様は仕事と家事。お互い大変な時期でしたものね。」

「お恥ずかしい。でもいい子に成長できて良かった。」

「その子の為にも頑張らないとですね。」

「ええ。より良い未来の為に社会不適合者のいない世界を。」

田原は覚悟を持って選択をする。

何が一番大切で、何が最善の一手かを。

「FHWはそいつらを消す為に発明したのですから。」

「FHW、F&H Weaponをね。」

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