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「あんた、自分の名前が分かるかい?」とその男は声を掛けてきた。 私はしばらく考えてから、分からないと答えた。 そこは広い草原であり、私は羊のような白い岩に腰かけていたのだった。 「じゃあバスに乗りなよ。自分の名前も分からないようなら、きっと行く当てもないのだろ?」 近くには大きなバスが停まっており、男の言っていることもその通りだったので、私はバスに乗ることにした。 「俺は鼠と呼ばれてる」と先ほどの男は、バスを運転しながら自己紹介をした。「他にも猫やキリン、鯨にゴリラもい
ピアニストが突然ピアノを辞めた。本当の理由は誰にもわからなかった。 「引退するには若すぎる」と、誰もが口を揃えて彼を引き止めようとした。すでに名声と富を手に入れているとはいえ、彼はまだ30代であり、新人の時代を過ぎて、ようやく安定期に入ったばかりだった。ある雑誌のインタビューで引退の理由を訊かれると、彼は、「ピアノを弾く気がしない」とだけ答えた。このコメントを見た彼のファンや音楽家たちは、ショックと困惑の声を漏らした。 彼の公式ホームページ上において、ある女性ファンは、「
ある夏、異民族の人が近所に引越してきた。 異民族の人は、私の家まで挨拶に来て、三リットル入りの業務用アイスクリームを引っ越し祝いに持ってきた。 しかし、私は貧乏なので冷蔵庫を持っていない。だから貰っても食べきれないことを説明すると、異民族の人は悲しそうな顔をしながら帰っていった。 しかし数日後、異民族の人は大きな冷蔵庫を持って再び現れたのである。 「これでアイスクリームを冷やせるね」と異民族の人は晴れやかな顔で言うのだが、その冷蔵庫は新品みたいだし、そんな高価なものは
一本道を歩いていると、明らかに別々の場所へ向かう、二股に分かれた道に出くわすことがよくある。 私は目的のない旅人なので、どっちに行っても別に構わない。 でも、適当に道を選んだせいで山賊に身ぐるみ剥がされたり、疫病にかかって数週間死ぬ思いをしたことがあった。 大抵は、どちらの道に進んでも気楽な旅が続くだけなのだが、二股に分かれた道を見ると、いつも嫌な気分になる。 「右へ行けば、何でもある村、そして左へ行けば、何もない村にたどり着けるが、お前はどちらへ進みたいのか?」
ドラゴンのキキと出会ったとき、私は地面に横たわって星空を眺めていた。 何かデカイものが近くにいるなということには気づいていたが、そいつにとって私なんか虫けらみたいなものだろうから、そのままやり過ごせるだろうと思っていた。 「お前に、ちょっと頼みがある」 声のするほうを見上げると、そこには巨大なドラゴンがいて、どうやら私の命もここまでだなと。 「だから、オレにはお前を殺すつもりはなくて、ただ頼みがあるだけだ」 ドラゴンはそう言うと、まぶしく光を放って人間の女の姿に変身し