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看板に『ビール』とだけ書いてある、古びた店だ。 夏の日差しで熱くなった地面を這いながら、私はやっとの思いで店の引き戸を開けると、いらっしゃいという声が聞こえて、そこで意識を失った。 私は夢の中で、ジョッキビールを注文して口に流し込んだが、何杯飲んでも喉の渇きは癒されない。 「まあ、ここは現実じゃないからね……。だけど、夢の中で注文したビール代もちゃんと貰うわよ」 そう喋るのは店員の女の子で、私のテーブルの上にどっかり座りながら、短いスカートから出た長い脚を組みなおした
ハルは猫の名前で、いま蝶と遊んでいます。 この家にハルがいつやってきたのか、私は覚えていません。 ずっと前からいたような、今初めて見たような……。 「それにハルって名前、誰がつけたんだっけ?」 そう話す女性は、私の妹で、この家に一緒に住んでいるのですが、自分に妹がいた記憶が私にはありません。 「ハルって名前は自分でつけたよ」 声のするほうを向くと、猫のハルが、頭に蝶をのせながら喋っています。 「ハルは春に生まれたからハル。猫はみんな自分で名前をつけるよ」 「へえ、ハ
1 一年ぶりに冷蔵庫を開いたら、中に道ができていた。 電源はつけたままなので、中に入るとひんやりしている。 しかし、薄暗い道をしばらく進むと夏のように暑くなっていき、その道沿いに商店が並んでいるのが見えてきた。 通りには人影がなく、店の看板やネオンだけがやけに主張してくる。 私は、夏のような暑さや主張の強い看板にうんざりしてきたので、「ビール」と書いてある店にひとまず入ることにした。 「いらっしゃい」 そう言ったのは、服を着た、人間ぐらいの背のあるウサギだった。
一年ぶりに冷蔵庫を開いたら、中に洞穴のような道ができていた。 中に入ると最初はヒンヤリしていたが、暗い洞穴をしばらく進んでいくとだんだん暑くなっていく。 このまま進むべきかどうかを考えながら歩いていたら、前方にまぶしい光が見えてきて、突然、洞窟を抜けた。 「夏の世界へようこそ!」 そう声がするほうを見ると、青いハッピを着た中年の男と若い女が、笑顔で立っていた。 周りの風景は、砂浜や、パラソルや、照りつける太陽なんかがあって確かに夏みたいだ。 「われわれは、夏に恋して
ゴーヤを縦に切ったら、中から女の子が出てきた。 女の子の体は包丁で真っ二つに切れてしまい、私は悪いことをしたなと後悔した。 でも、ゴーヤ料理が出来上がる頃には女の子の体はくっついており、のんきにあくびをしている。 「おはよう、あたしはゴーヤ姫」と女の子は言った。「体を切られるときは結構痛かったけど、ゴーヤ姫というのは大抵、そうやって産まれてくるのよね」 私は何と言って謝ったらいいか分からなかったので、とりあえず、作ったばかりのゴーヤ料理を彼女に差し出した。 「もぐもぐ
わたしは夏時間が好きだったので、ずっと夏時間に設定していたら、役所から通告が来た。 「一つの時間を継続できるのは、現行の時間制度で三年以内と定められています。現在あなたが設定している夏時間は、あと三日で使用停止となります」 役所のAIは、そう一方的に告げる。 「あなたは、夏時間以外の時間設定をすみやかに行う必要があり、設定がなされなかった場合は、自動的に普通時間に設定されます」 普通時間とは、従来通りの春夏秋冬の季節が過ぎるだけというものだ。 「なお、あなたは今回、夏時