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その他の不思議な小説

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2022年8月の記事一覧

【短編】 ちょうどいい距離感

 白い服を着た男が、いつも私の後ろに付いてくるようになった。  顔は黒人男性のように見えるし、ストーカーや探偵にしては目立ちすぎる。 「アイムソーリー。フーアーユー?」  私は、男が気を抜いた瞬間に腕を掴み、とりあえず知っている英語で話してみた。 「あ、俺ふつうに日本語話せますよ」  男が笑顔でそう言うので頭が混乱し、思わずまたアイムソーリーと言って腕を離した。 「俺はダニエルで、あなたを守護するためにやってきた者です。ちなみに、俺の姿はあなた以外の人間には見えていませんから

【短編】 日曜日の音楽

 祖母は朝や夕方の決まった時間、祭壇の前にひざまづき、静かにお祈りをしていた。  祭壇の中央には小さな何かの像が置かれていて、その右側に花を差した花瓶が、左側には古くて分厚い本が置かれていた。  幼い頃の私は、なぜか、祭壇に置かれたその古い本に興味があって、初めてその本を開いたとき、文字がびっしり書かれていることに圧倒されて、思わず閉じてしまったことを今でも覚えている 「そこに書いてあるのは、ただの物語なのよ」  祖母は幼い私の肩に、優しく手を置きながらそう言った。 「ものが

【短編】 同級生の家族と、あやしげな薬局と、妄想妊娠

「おはようございます。高校の同級生だった伊藤です」  朝起きると、アパートの部屋に人が何人か寝ていた。 「近くを通ったものだから、夜も遅かったし、家族で勝手に泊めさせてもらいました」  同級生は何となく見覚えがあったが、ほとんど記憶がない。 「父は私用があるので別行動になりますが、よかったら、われわれ兄弟と一緒にクローバー印の薬局へ行きましょう」  薬局とか意味が分からなかったが、その日は暇だったから、気分転換に彼らと一緒に一〇分ほど歩くと、確かにそれらしき店があった。 「

【短編】 夏のビールとセクシーな店員と奴隷

 看板に『ビール』とだけ書いてある、古びた店だ。  夏の日差しで熱くなった地面を這いながら、私はやっとの思いで店の引き戸を開けると、いらっしゃいという声が聞こえて、そこで意識を失った。  私は夢の中で、ジョッキビールを注文して口に流し込んだが、何杯飲んでも喉の渇きは癒されない。 「まあ、ここは現実じゃないからね……。だけど、夢の中で注文したビール代もちゃんと貰うわよ」  そう喋るのは店員の女の子で、私のテーブルの上にどっかり座りながら、短いスカートから出た長い脚を組みなおした