マガジンのカバー画像

その他の不思議な小説

70
分類できなかった話。
運営しているクリエイター

2017年12月の記事一覧

【短編】 部屋

 王様になって欲しい、とその男は私に言った。  必要なときに王様の椅子に座っているだけでよく、あとは飲んだり食べたり、自宅に帰ったりしてもよいと。 「それから毎月、手取りで12万円の給料が支給されます。安いかもしれませんが、宮殿に寝泊まりすれば生活費もかかりません」  宮殿で侍従長をしているというその男に、あなたは毎月いくら貰ってるんですかと質問すると、笑って話を誤魔化された。 「まあ、欲しいものがあれば宮殿の経費でも買えますし。土地や高級車みたいなものは無理ですが、ちょっと

【短編】 いまそこに風が吹いているから

 地球上の5人に1人は宇宙人である。しかし多くの人にとっては、あまりピンとこない数字だろうと思う。公式に宇宙人の存在が認められ、地球に棲み始めるようになったのはもう300年も昔のことだが、いかにも宇宙人らしい宇宙人はほとんどいないため、街を歩いていてもそれらしい姿を見かけることはないだろう。だから宇宙人を自分の目で直接見たことがないと思っている人も少なくないのだ。そもそも宇宙人にはさまざまなタイプがあり、地球人と全く見分けがつかないような宇宙人や、小さすぎて見えない宇宙人、そ

【短編】 幽霊と映画と手帳

 こんにちは。  わたしはだぶん幽霊です。  なぜそう思うのかというと、誰かに話しかけても反応がありませんし、すぐ目の前にわたしがいても全く気づいてくれないからです。もともとわたしは人とあまり話すほうではなかったので、最初はそれほど気になりませんでした。しかし、何をしても相手の反応がないので、その理由をあれこれ考えているうちに、自分は幽霊になったのではないかと思ったわけです。だとすると、わたしはすでに死んでいることになりますが、自由に移動できるのは今いる公園の中だけなので、

【短編】 冷蔵庫の物語

 そいつは冷蔵庫から出てくると、ハローと言った。私は冷えたビールを飲みたいだけだったので、誰かに挨拶されるなんて考えもしなかった。 「ほら、冷気が逃げるから、早くドア閉めなさいよ」とそいつは、ソファに深く腰を下ろしながら言った。「それに、まずは冷蔵庫のドアを閉めないと落ち着いて話もできないでしょ」  そいつが言っていることはその通りなのだが、このままドアを閉めたら今置かれている状況を受け入れてしまうことになる気がしたので、私は一旦目を閉じて深呼吸をした。  すると次の瞬間、バ

【短編】 バス

「あんた、自分の名前が分かるかい?」とその男は声を掛けてきた。  私はしばらく考えてから、分からないと答えた。  そこは広い草原であり、私は羊のような白い岩に腰かけていたのだった。 「じゃあバスに乗りなよ。自分の名前も分からないようなら、きっと行く当てもないのだろ?」  近くには大きなバスが停まっており、男の言っていることもその通りだったので、私はバスに乗ることにした。 「俺は鼠と呼ばれてる」と先ほどの男は、バスを運転しながら自己紹介をした。「他にも猫やキリン、鯨にゴリラもい

【短編】 ピアニスト

 ピアニストが突然ピアノを辞めた。本当の理由は誰にもわからなかった。 「引退するには若すぎる」と、誰もが口を揃えて彼を引き止めようとした。すでに名声と富を手に入れているとはいえ、彼はまだ30代であり、新人の時代を過ぎて、ようやく安定期に入ったばかりだった。ある雑誌のインタビューで引退の理由を訊かれると、彼は、「ピアノを弾く気がしない」とだけ答えた。このコメントを見た彼のファンや音楽家たちは、ショックと困惑の声を漏らした。  彼の公式ホームページ上において、ある女性ファンは、「

【短編】 天使

 街を歩いていると、お坊さんが声を掛けてきた。 「ちょっとお伺いしてよろしいですか。この近くにインターネットカフェがあると訊いたのですが、ご存じありませんか?」  僕がネットカフェの場所を教えると、お坊さんは丁寧におじぎをしてその場を去っていった。すると数日後、そのお坊さんからメールが届いた。僕は、メールアドレスを教えた覚えなどなかったのだが。 @「この間は、ご親切に道を教えていただきありがとうございましたm(_ _)m お陰でインターネットを楽しめました。あなたは良い人で