シェア
小学校に通い始めた頃、私は帰り道で狸に話し掛けられた記憶があります。 「おい子ども、わたしのランタンを知らないか?」 「ランタンてなに?」 「ほらその、火を灯して夜の闇を照らすものだ」 「しらない」 「はあそうか、でもランタンがないと大変困るのだ」 狸と出会った場所は、都会の住宅地でした。 「今夜、妹の結婚式があるのだが、私はランタンの明かりで妹を綺麗に照らしたいのだ」 「じゃあ、昼間にやれば?」 子どもの頃の私は、案外冷静に狸と会話をしていたように思います。 「狐の嫁
がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が、忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。 「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。 「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」 部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世
アパートのドアを開けると知らない子どもが畳の上に立っていた。なので私は、今日からここに住むのだから早く出ていきなさいと子どもに言ってやったが、当の子どもはぽかんとしているばかりだし、荷物を運ぶ作業も忙しかったのでとりあえず放っておくことにした。しかし、一通り作業が終わる頃になってもまだ子どもは部屋から出ていかなかったので、アパートの大家に電話してみると、あれは気にしない人は気にしないし別に害はないんですけどねえと弁解した。だがそれでは困ると私が訴えると、毎月の家賃を五千円安
私は井戸に落ちた。 しかし何秒たっても底に衝突しなかったので、ずいぶん深い井戸なのだろうと考えながら落ちた。そして私はもう人間じゃなく、ただの落下物なのだと考えることにしたところでポケットの中の携帯電話が鳴った。手探りで携帯電話をつかみ、風圧で定まらない指で通話ボタンを押して、やっとのことで耳に当てると女性の声が聞こえた。 「ササキさんの電話ですか?」 「いいえ、私はサトウです」 電話の女性は、間違い電話だと分かると丁寧にお詫びを言って電話を切った。私はそのまま携帯電話
塔の入口には、古ぼけた椅子に腰かけた老人が一人いるだけだった。 私は、老人に声をかけたり揺すったりしてみたが、何も反応がないのでしばらく待つことにした。老人は入口の番をしているのかもしれないし、勝手に塔へ入ったことで後々面倒なことになるのを避けたかったからだ。 もっとも、塔へ入ることは誰にでも許されているのだから、何か手続きが必要だとしても名前を記帳すればいいという程度のことで済むはずであり、老人が番人であるなら、きっと名簿を管理するだけの簡単な仕事を与えられているに過
「おい、君は探偵ごっこでもしているつもりか?」 ずっと後を付けてくる子どもの腕を掴んで、私はそう問いただした。 「あたしは、自分の父さんを探してるだけよ!」 そう言うと子どもは、ポケットから一枚の写真を出して私に見せた。 「ほらこの写真の人、あんたにそっくりでしょ?」 確かに、顔や背格好は似ていたが、写真の中の人物は自分の知らないコートを着ていた。 念のために母親の名前を確認したが、まったく身に覚えがなかった。 「悪いけど、この人は私じゃないし、私は君の父さんじゃない
私はむかし、子どもでした。 体が小さくて、いつも大人を見上げていましたし、よく転んで怪我をしたり、泣いたりしました。 王子様と出会ったのは、小学校の鉄棒を、なんとなく飛び越えようと思ったら鉄棒に太ももを激しくぶつけて、地面でのたうち回っているときでした。 「鉄棒は、手でつかんで体を回したりするものなのに、君はなぜ飛び越えようとしたんだい?」 王子様は、無邪気にそう質問しました。 「今は太ももが痛くて死にそうなので、質問は後にして下さい」 私は、そう答えるだけで精一杯
「ねえ、なんかここお酒臭いんだけど」 仕事の都合で女の子を預かることになったのだが、彼女はいろいろと文句が多い。 「それにさ、服とか食器とか本とかが絶望的に散らかっているんだけど、泥棒でも入ったの?」 この宇宙船は、いつも俺一人だからとくに気にしていなかった……。 「まずは掃除をして、人間が住めるようにしましょ」 彼女の口ぶりはまるで母親みたいで参ったが、二人で三時間かけて掃除をしたら、船内が見違えるように綺麗になった。 さらに彼女は、花を活けた花瓶を置いたり、ぬいぐ
「こいつ、噛みついたりはしないかな」 俺は、子どもを買うのは初めてだったので、売人にいろいろと質問をした。 「別に、しっぽや角が生えてても普通の子どもと同じですし、おとなしいもんですよ」 でもこいつ、俺のことをずっと睨んでいるんだが。 「ああ、睨むのはいつものことでして」 俺は、値段が安かったのでその子どもを買い、首に繋がれた縄を引いて家に連れ帰った。 家に着いて気づいたのだが、子どもは、俺が話かけてもウーとかアーとかしか言えない。 これじゃあどうしようもないなと
学校の放課後、集落の裏山に遊びにいったら道に迷ってしまった。 キレイな景色が見える場所があるということで、男子と女子、十人の同級生で楽しく山に行っただけだった。 「ぜんぜん知らない道だけど、まずは下へ降りてみよう」 山道に一番詳しい同級生はそう言ったが、道を下った先にあったのは、まったく知らない町で、同級生の誰も来たことがないという。 辺りはもう薄暗くなっていて、早く家に帰りたいと言ってめそめそ泣く子も出てきた。 同級生の何人かが、携帯や公衆電話で自宅に電話をかけ