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祭りの夜の報せ(ピアノじまい⑪)

その晩は市内のホテルに一泊することにしていた。
浴衣を着た若者たちが行き交っているのを見て、その日が、馴染み深い街の神社のお祭りの日だったと気づいた。
母が亡くなる前の日も、同じように賑わう若者たちを眺めながら歩いたなと思い出しながら、弟家族との食事に向かった。

久しぶりに会う弟家族。変わらずみんな元気で良かった。
暫くした頃、弟に電話が入った。
音楽教室の方からだった。
見に来てくださったご家族から、ピアノを引き取りたい旨連絡があったとのこと!
よかった…本当に…

会食を終えてホテルに戻り、夫も寝付いた後、落ち着いてこの日の出来事を反芻してみた。
引き取ってもらえるだけでなく、引き取ってくださる当のご家族に会うこともできたなんて。本当にこれ以上のことはない。
廃棄するしか方法がないと思っていた時のことを思えば、奇跡のようにも感じられた。
ここに辿り着けたのは、人とのご縁のおかげにほかならない。
最初に音楽教室の方を紹介してくださったピアニストさんにお礼のメールを送った。

翌日、もう一度実家に寄って、残りの作業を終えてからピアノを弾いてみた。
何を弾くかは決めていた。
私が子供の頃に母がたまに弾いていた「星の界」(いつくしみふかき)と、
母が好きだと言っていた「銀波」。
夫に動画を録るよう頼んで弾き始めた。
弾きながら泣いてしまうかもと思っていたけど、意外とそんなこともなかった。
先に鼻をすすり始めたのは動画を録っている夫の方だった。
結局、私もそれにつられてしまった。

また搬出の日に来て改めてピアノにお礼を伝えようと、その日はそれで実家を後にした。

夫の体調に異変が起きたのは、その2日後の朝のことだった。

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