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「山下財宝」はマルコス政権を生かすか殺すか

フィリピンは本当に伝説が多い国だ。

本当か、うそか、はっきりしないことがあまりに多く、でもその不確かさを楽しむかのように、多くの人がうわさや伝説を信じている。

久しぶりに3カ月近く暮らしてみて、この不確かさ、あいまいさこそが、フィリピンの政治や社会の不安定さをつくるおおもとなんだな……と思うようになった。とにかくいろいろ、真偽が不明瞭で、なんかもういやになっちゃう。

フィリピンの伝説の最たるものといえば「山下財宝」だ。

25年前に留学していたときからよーく耳にした。
たとえば山間部を旅すると、「あの山で山下財宝を見つけた人がいた」とか「ハンターが探している」といった話を聞く。

あれからだいぶ時間がたったし、「そういうのが信じられていた時代もあったね」となっているかと思いきや、この伝説はいまもしっかり残っていた。
びっくり。

人々に話を聞くかぎり、この山下財宝伝説は、5月9日にあったフィリピン大統領選挙の投票行動にも影響していたように思う。
さらに、大勝したボンボン・マルコス次期政権の今後のゆくえにも、かかわることになるかもしれない。

マルコスと山下財宝

ボンボン・マルコスの支持者に、50億ドルから100億ドルあるといわれる Ill-gotten wealth(フェルディナンド・マルコス元大統領らが国民からくすねた不正なお金)とされるものについて、どう思いますかと聞くと、「それは不正に取ったお金ではないんですよ」と否定されることが多い。

マルコス家の住まいとしてつくられた「北のマラカニアン宮殿」

「マルコスが大統領になる前から持っていたお金だ」という主張とともに、もう一つよく聞くのが「あのお金はマルコスが見つけた山下財宝だから」という意見だ。

さて、「山下財宝」とは何なのか。

旧日本軍大将の山下奉文が、敗走の際にフィリピンに隠したといわれる莫大な財宝のことだ。東南アジアのミャンマーなどから日本軍が持ち去った黄金や金の仏像が、フィリピンのどこかに隠されている、と伝えられている。

マルコスの名が出てくるのは、ボンボンの父、フェルディナンド・マルコス元大統領が、発掘されたこの山下財宝を手にしたという伝説があるからだ。

フィリピン大学が収集した過去の雑誌のなかから、マルコスが追放された1986年の6月に出版された「フィリピンフリープレス」という雑誌を見ると、「嘘かまことか」と、このお宝ハンティングとマルコスとの関係がリポートされていた。

消えた黄金のブッダ?

雑誌によると、山下財宝は当時の価値で推計250億ドル~1000億ドルのお宝で、少なくとも172カ所に隠されたと伝わっているという。1972年以前の代表的な証言として、バギオ市のロヘリオという男性の話を挙げている。

ロヘリオさんは、高さ121センチほどの黄金の仏像や日本刀などを見つけ、バギオの自宅に保管していた。だがその後、武器を持った男性に取り囲まれ、マルコス大統領の親類の判事や政府高官らによってお宝は奪われてしまったという。
(下はこの件を紹介したYouTubeの一つ)

また、マルコス大統領を意味する「チャーリー」というコードネームのもと、アメリカ人とともに大規模なお宝探しもなされていた、とも書かれている。

黄金のブッダねぇ……と思ってしまうが。
こうしたさまざまな逸話を裏づけるかのような発言を、マルコスの妻イメルダがしている。

イメルダは1992年、マルコス家がもっている黄金は、「山下財宝をふくめ第二次世界大戦後に手に入れたもので、国庫から横領したものではない」と発言した。(下は当時の記事)

それはちょいと、話がうますぎやしませんか?
ところが何十年たっても、伝説を信じたい人は信じる放置プレー。時間がたつにつれ、真実みが増している。

マルコスの財産は「世界を救う」か

マルコス家をめぐっては、とにかく様々な伝説がある。

その一つが、マルコスの遺産をめぐる「遺言」だ。
マルコス家の者がフィリピン大統領に就いたら、財産の9割をフィリピン国民に与えるというマルコス元大統領の遺言がある、というのだ。

元側近が、死の床のマルコスから聞き取った、とも言われる。

北のマラカニアン宮殿の広いベッドルーム

ここでまた、イメルダ夫人が出てくる。

イメルダは2013年、テレビ局GMA7の番組に出演し、マルコス家の財産をめぐる裁判資料を並べた大部屋にレポーターを招いて「このお金は世界を救える」と話した。「あなたはフィリピンに資産をあげるつもりがあるのですか?」という質問にイメルダは答えた。「フィリピンだけでなく世界にですよ」

裁判なんかせずに、お金をマルコス家にくれさえすれば、国民や世界のために使うのに、というかのようだ。

この発言もあって、5月の大統領選を前に、「マルコス元大統領の長男ボンボンが大統領選に当選すれば、マルコス家の財産の9割が国のものになる」と主張するフェイスブックページも出てきた。その内容について、調査報道サイトのVera Filesは、根拠がないとして否定する記事を出している。

かなり「ふわふわした」内容なのに、有権者の投票行動はこうした情報にとても影響されたようだ。

5月の大統領選前後、マルコスを支持するフィリピンの人たちに話を聞くと、特に年配の人に、山下財宝をふくむ黄金に触れ、「ボンボンが当選したら大金が戻る」と期待する人が少なからずいた。

例えばケソン市の集会で会った女性(63)は「マルコスはゴールドハンターだった。それは国民のものです」と話した。ダバオの80代の女性も、ボンボンが大統領になったらお米や電気代が安くなることに加え、「マルコス家のお金が入ってきたらいいなと思う」と期待していた。

ミンドロ島の男性(64)は少し冷静に言った。「みんなボンボンに魔法を期待している。何トンも黄金を持っているというのはマジックワードだ」

でもそれって本当なの?とつっこむと、こう言った。「本当かわからない。でももし本当なら、フィリピンはまた偉大な国として復活できる」。

誰かも言ったね、「この国を再び偉大に」と

この男性がボンボンに投票したのは、マルコス家の財産への期待だけが理由ではない。
とはいえ、「マルコスのお金が戻ってくる」ということについて、根拠も実現性もあいまいなのにもかかわらず、彼をふくむ年配の人たちは、わくわくした様子で口にするのだ。

伝説がボンボン大統領の誕生に、役だったのだといえる。

お金が戻らなきゃデモが起きる

ただ伝説は、ボンボン・マルコス次期政権にいいことばかりもたらすわけではないかもしれない。

ボンボンを支持した大衆の中には、山下財宝などマルコス家のお金を国がもらうこと、米の価格を1キロ20ペソにするといった農業政策や電気をふくむ料金の値下げなど、生々しい期待を持つ人も多い。

では2、3年たっても値下げが実現しなかったり、マルコス家のお金が国に入らなかったりしたら?

ミンドロ島の男性はこう話した。「落胆はかなり大きい。ボンボンはやばい状況になる。各地で反政権の抗議運動が起きるだろう」。

えー。そんなドライな。

つまり、今まで信じ、投票の一つのよりどころとしてきた伝説がうそならば、ボンボンにくるりと背中を向けるというのだ。

マルコスの地盤であるイロコスノルテ州の政治家と話をしたときも、不穏な話を耳にした。ドゥテルテ現大統領のとりまきの中に、ボンボンが「約束」を果たさなかった場合、副大統領に就くサラ・ドゥテルテがなんらかの形で大統領の座をうばう、と算段している人がいるという。

「約束」とは、ボンボンがマルコス家のお金をフィリピンの国庫に入れ、コロナ対策で抱えた大借金を帳消しにすることだというのだ。

北のマラカニアン宮殿の「ボンボンの部屋」

いったん、強力な権限をもつ大統領についた人を引きずり下ろすことは、生やさしいことではない。ただ、フィリピンでは現職の大統領を追い出した革命が何度か起きている。そのことを考えれば、ドゥテルテ家ならやろうとすればできなくもなさそう……。

まあこれもまた、うわさと言えばうわさなのだが。

現代のフェイクニュース

ケソン市で話を聞いた70代のレニ・ロブレド支持者が、こう言ったことが印象に残っている。

「マルコスはいままでお金を返さなかったんだから、大統領になったからといって返すわけがない。あほなことを期待するな」。

そうね。特に、あれほどお金に執着するイメージのあるイメルダ夫人が、息子が大統領になったからって、国民に気前よく大金を分け与えたりするかな。

本当に分けたらものすごい大ニュースだ。

フィリピンでは、うそか本当かわからない伝説が、いろんなことの元凶になっている気がする。でも、卵が先か、鶏が先かといえば、伝説を信じるのは、それをよりどころにするしかない状況があるからだともいえる。

マルコス家の挙式のため建てられ、今はホテルとなった建物

正しくお金を稼ぐ機会がない。選挙結果の集計が信頼できない。罪をおかした人がきちんと裁かれない……。だから、一発逆転の宝くじをつかむように伝説にすがる。

「冷静に考えればなさそうだけど信じたいこと」を信じる習慣は、現代風にいえばフェイクニュースを信じ、拡散することだ。

5月の大統領選ではフェイクニュースが大きな役割を果たしたといわれる。それだけがボンボン勝利の理由ではないとはいえ、フェイクを受け入れる土壌は、「伝説」にすがるこの国には十分整っていたのかもしれない。

伝説を利用し、伝説に泣く

分断をうまず、政府や国民が信頼しあうには、本当のことがわかる「透明性」を根づかせるしかない。フィリピンの一部メディアは事実の検証をし、「ファクトこそ大事だ」と訴える。

でも、国と政治が積極的に主導しないと、透明性の確保はむずかしい。

反政府のメディアを「うそつき」と言ったり、政治家を「共産主義者だ」と赤タグづけしたりして型にはめることを、ドゥテルテ政権は大いに利用してきた。それは「伝説」の利用に似た、お得意の手法だ。

一方で、リベラルといわれる政治家も、例えば「ニノイ・アキノは誰に殺されたのか?」といったことを究明せず、ミステリーのまま放置してきた。それがいま、「アキノは親族にニノイを殺害させ、国民的ヒーローに仕立て上げた」といった新たな伝説を生んでいる。

伝説を利用し、放置し、伝説に泣く。

あいまいにしておくということは、とてもこわいことだ。でも、どの国にだってありうることではないだろうか。


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