BLACKJISAYKUMONOE -fated of nemesis-

自己増幅を繰り返したその体内は、鉄屑や固まりかけの砂鉄が歪に絡まり合う異様な光景に満たされていた。
どこに隙間があるのか時折吹く冷たい風が、静寂を嫌うように砂鉄を撒き散らす。
巨大な体躯を冷やすためだろうか、冷却装置の稼働する機械音がこの場の不気味さを際立たせる。
いくつもの眷属や砂鉄の波を躱して、まだら牛は迷いなく歩を進める。
その瞳の虚ろな色は影を潜め、この先に待つ真実を映し出すために光を宿している。
眷属たちは遠巻きに彼に視線を寄越すが動く気配はない。
ただ時折吹く風に乗った砂鉄が、彼の頬に一筋の赤い警告を告げただけだった。

施設の中心、彼が待つ核心部。
大仰な見た目にそぐわぬちっぽけなメインPC。
暗闇を抱いた巨大な吹き抜け、その遙か上空に鈍く光る赤灯。
「ディズム」
開けた空間に、まだら牛の声が広がる。
虚無のような空間に吸い込まれることなく、彼の声はまっすぐに響く。
長い沈黙の後、張り詰めた空気が溶け出し、まるで触手のような砂鉄の塊が出現する。
それは確かな意思を持ってまだら牛に襲いかかる。
迫る触手を躱しながらまだら牛は叫ぶ。
「いつまでこんなことを続けるつもりだよ!」
それに応えるかのように、砂鉄の触手がまだら牛の脚を薙ぎ払う。
まるで彼の言葉を消すように、触手の応酬は勢いを増す。
「ディズム!本当はわかっているんだろ、こんなことをしたって何もならないって」
『だからなんだ』
腹の底に響き渡る地響きのような低音。
次の瞬間、一瞬気を取られたまだら牛は触手に襲われ、凄まじい轟音を立てて瓦礫の山へと吹き飛ばされた。
『だからなんだ。
間違っていることはやってはいけないのか、暗闇で足掻くものに手を貸してはいけないのか。
正しさとはなんだ、正義とはなんだ』
伽藍堂の空間に、慟哭のような言葉が渦を巻く。
その言葉に呼応するかのように、磁気の竜巻が巻き起こっては消えていく。
『俺は俺の選んだ道を行く。
まだら牛、お前もそうだろう』
瓦礫の山がごとりと動き、漆黒の闇の中に一粒の琥珀が浮かび上がる。
ボロボロのまだら牛の左目は淡く光り、その左腕には纏わり付くように砂鉄が漂う。
「ボクはねディズム、何もかも正しいなんて思わないよ。むしろ何もかもが間違ってるんじゃないかとさえ思える。
何が正しいか何が間違ってるかなんて誰にもわからないんだよ。
それでも、ボクたちは選ばなくちゃいけない、進み続けなくちゃいけない。
……今を生きるために」
何かが爆発したような衝撃。
凄まじい速さで、まだら牛はディズムとの距離を詰める。
それを阻むように砂鉄の触手が蠢き出す。
果てしない暗闇に、淡い琥珀が踊る。
激しく砂鉄の波がぶつかり合い、古びたテレビが壊れたように空間が乱れる。
ザリザリと不協和音の悲鳴を上げながら激しく空気が揺れる。
まだら牛はその距離を縮めていく。
激しい攻防、悲鳴と慟哭によって生み出される大小の磁気嵐、暗闇に光る赤灯。
「あの子を救いたいのなら……!」
殺意を持ってまだら牛を襲っていた触手がぴたりと止まる。
精密機器が詰まったちっぽけなメインPCの脇に、その場に不釣り合いなヘコみがある。
水の中のような曖昧になった世界で、まだら牛は彼が持っていた牛のキーホルダーをそこに嵌めた。
まるで世界の終わりのような静けさが辺りを支配する。
時折吹く磁気の風も、冷却装置の唸りも、まだら牛の呼吸さえ、止まってしまったかのような静寂。
動くものは何もない。
しかしそれはまもなくして、不気味な不協和音によって打ち破られた。
ギシギシと鉄屑の擦れる音。
磁気嵐警報機は、自己増幅したその姿を保つことができなくなったのだ。
歪な鉄屑の塊が次々とその繋ぎ目を離していく。
ザラザラと砂鉄が音を立てて雨のように降る。
まだら牛はただ、その場に立ちすくむ。
もう静寂は戻っては来ない。
「ボクたちは、観測者にはなれないようだね」
巨大な鉄屑が落下する衝撃音に、彼の言葉は掻き消された。

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