季節は彼女を追い抜いて


手首からは積雪の音がして
滑らかに
何かが生きていた跡が
線になって現れ
大きな指先でなぞられた結露のように
歩む姿は小さく
ひとりを透明にした
冷たさと共に彼女は
ある人のした今朝の話に
遠く先へと目を向ける
新しい疵をいたわる態度で
頬に水の音が溶け
薄明かりのカーテンは薄氷に似て囁いて
湿度を帯びた吐息を受け
月日が船を漕いでいった

知らないことは不機嫌だった
もし、隣の席だったなら
プリントの上の選択問題に
差し出す足を間違える
出席番号で埋めた名前欄
1と2の次に3が来ること
それらが彼女を追い抜いて
耳元に口を寄せる距離で
風が寂しさを誘うから
息を塞ぐかわりに
雪路の歩いたところだけが
抱きしめるような音をして
身を固くするのを見届けた
積もったところから嵩を増やし
こちらを向くことのできる色が
雪崩のように激しく
一斉に崩れて降り
あるひとりだけをそこに残して
雨と呼ばれた

春だった
底の抜けた白だった


現代詩手帖2024年4月号選外佳作(峯澤典子さん選)

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